研究課題/領域番号 |
22K19023
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
伊藤 繁和 東京工業大学, 物質理工学院, 准教授 (00312538)
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研究期間 (年度) |
2022-06-30 – 2025-03-31
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キーワード | ラジカル / チオケトン / ミュオン / イソニトリル / チオアミド |
研究実績の概要 |
本研究は、高周期カルボニル基への位置選択的なミュオニウム付加を活用し、通常の化学的手法では同定・解析が困難のためにこれまで検討例の極めて少なかった、拡張パイ共役開殻分子種の創出を目的とする。 2023年度は、チオベンゾフェノンを飽和炭素鎖で配座固定した形式である7員環のチオジベンゾスベロンと、チオジベンゾスベロンの7員環を8員環に拡大させた環状チオケトンの固体状態でのLCR(ミュオン準位交差共鳴)測定を実施し、そのデータを解析した。その結果、7員環と8員環構造をもつチオケトンにミュオニウムが付加した状態の常磁性分子構造には有意な違いがあることがわかり、二つのベンゼン環の共役の度合いと関連していることがわかった。さらに、その常磁性分子構造の室温以下での温度変化が顕著に異なっており、7員環よりも8員環構造のほうが大きな温度変化を示した。この温度変化も共役の度合いと関連していると考えられる。その一方で、チオトロポンにふたつのベンゼン環をC=C構造で橋かけした構造であるチオジベンゾスベレノンを新たに合成してLCRを実施したところ、共役の度合いを反映したデータを確認した一方で、過去の結果とは異なるミュオン超微細結合定数(hfc)が観測され、マイナー成分の常磁性種はほとんど観測されなかった。溶液状態での分光測定では過去の試料との違いが見られなかったことから、合成過程での処理のちがいに由来する固体状態での多形の影響が示唆された。また、チオジベンゾスベレノンのミュオニウム付加体において別の異性体が生成している可能性も見出した。 この他、チオホルムアミドの溶液および固体状態ではミュオニウム付加体の構造が顕著に異なること等を明らかにしたミュオン分光研究の結果をまとめた。また、イソニトリルのミュオニウム付加の反応動力学に関するミュオン分光研究の結果をまとめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
チオケトンのC=S硫黄原子への位置選択的なミュオニウム付加を活用した拡張パイ共役開殻分子種の創出を目的として、まずチオトロポンにふたつのベンゼン環を縮環した構造に相当するチオジベンゾスベレノンに着目してミュオンスピン共鳴(muSR)研究をJ-PARCシンクロトロン施設で行った。その結果、二種類の試料がそれぞれ異なるミュオン超微細結合定数を示すことが最近明らかになり、また一方の試料は副生成物を含んでいる可能性が見出された。不対電子の非局在に関する知見を更に得るために、チオジベンゾスベレノンの7員環に含まれるオレフィンユニットを飽和させたチオジベンゾスベロンと、7員環を8員環に拡大した環状チオケトンを新たに合成してミュオン分光実験を行った。その結果、C=Sまわりに存在する二つのベンゼン環の共役度合いに応じてミュオニウム付加体の構造が変化するだけでなく、構造変化の温度依存性が顕著に異なることを明らかにした。一方で、これまで観測してきたC=S硫黄原子へのミュオニウム付加に加えて、C=S炭素原子にミュオニウムが付加して硫黄中心ラジカルが生成している可能性を新たに見出された。 固体性チオホルムアミドのmuSR研究の成果がまとまったことを踏まえて、これまでにmuSRでの検討実績のないセレノアミドおよびテルロアミドについての検討に着手した。一方で、高周期アミドのラジカル反応がイミドイルラジカルに相当する常磁性中間体を与えることにも関連して、イソニトリルへのミュオニウム付加および後続の分子内反応の動力学解析に関するミュオン分光研究をまとめた。
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今後の研究の推進方策 |
橋かけ構造を導入して立体配座を固定したチオベンソフェノンのミュオニウム付加に関する研究を完結させるため、橋架け構造を延長して9員環構造を含んだチオケトンを新規に合成してミュオン分光実験を行う。また、チオジベンゾスベレノン固体が試料によって異なるミュオン超微細結合を示す常磁性ミュオニウム付加体を与えたことを踏まえて、異なる合成プロセス処理を施した試料を新たに用意してミュオン分光実験を行う。なお、固体試料の評価法としてラマン散乱スペクトル測定を新たに導入している。さらに、チオケトンのC=S炭素原子へのミュオニウム付加によって熱力学的に安定な硫黄中心ラジカルが生成することを、複数のチオケトン誘導体のミュオン分光実験によって検証するとともに、通常の化学的手法では極めて観測困難な硫黄中心ラジカルの構造と反応動力学についての解析を試みる。一方で、より高周期カルボニルであるセレノアミドおよびテルロアミドを合成してミュオン分光研究に展開するとともに、チオアミドのラジカル付加体と合成的に等価なイミドイルラジカルで見出された疑問点を明らかにする検討を実施する。 チオカルボニル化合物が高いミュオニウム捕捉能力を示したことに関連した発展的試みとして、最新の知見を踏まえて、極めて高いミュオニウム捕捉効率の分子構造を探索する。また、チオアミド固体が極めて短寿命で遷移状態に相当するミュオニウム付加体を与えたことを踏まえ、同様なアミノメチルラジカルを与える可能性のある前駆体の合成とミュオン分光研究に着手する。
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次年度使用額が生じた理由 |
ミュオン分光測定実験に使用する試料の合成に必要な材料の調達が業者の都合で次年度となったため
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