人工の殺虫剤で環境が汚染されると、環境常在細菌が、特殊性の高い分解酵素遺伝子を細胞外から獲得することで分解細菌が「誕生」する。しかし、それら遺伝子の直接の進化的起源が推測できる配列は膨大な量のゲノム・メタゲノム情報にも見出されない。すなわち、細菌は現在のメタゲノム解析技術では検出不可能な未知の「細胞外遺伝情報記憶システム (Extracellular Genetic Information Storage Device: EGISD)」から必要に応じて適当な遺伝子を獲得し、利用する術を有していると考えられる。本研究では、この細菌の「EGISDを利用する機能」を用いて、「EGISDの実体」と「それを利用する機構」を解明することを目的とする。研究成果は、微生物の未開拓な潜在能力の効率的利用手法への展開が期 待できる。 本年度は、HCH分解細菌UT26株由来のlinAあるいはlinBを欠失し、カナマイシン (Km) 耐性能を付与した株をキャプチャリング株として、各種細菌集団、単離細菌株と混合し、HCHを唯一の炭素源とする無機塩培地での生育を指標にスクリーニングを行った。その結果、複数の組み合わせで、目的クローンが取得された。単純なプラスミドの接合伝達等では説明できないものについて詳細な解析を行った結果、UT26株のlinBがintegrative and conjugative element(ICE)上に存在することが明らかになり、本ICEをICEUT26と命名した。これまでに、lin遺伝子群の水平伝播にはsphingomonad細菌群特有のプラスミドと挿入配列IS6100の関与が知られているが、lin遺伝子群を乗せたICEは初めての発見である。ICEUT26は、宿主細胞内で環状化し、UT26株と遠縁の細菌株にも伝達した。
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