研究課題/領域番号 |
22K19322
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
大隅 典子 東北大学, 医学系研究科, 教授 (00220343)
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研究分担者 |
稲田 仁 東北大学, 医工学研究科, 特任准教授 (60419893)
吉川 貴子 東北大学, 医学系研究科, 助教 (90727851)
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研究期間 (年度) |
2022-06-30 – 2024-03-31
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キーワード | 精子形成 / 性比 / フェロトーシス / Pax6 / 加齢 |
研究実績の概要 |
強い社会的バイアスがかからない限り、世界各国において出生時の性比(男性/女性)はおよそ1.02-1.07となっており、男性の方が多く誕生する。生物学的に、性比バイアスは、精子形成、受精、着床、発生過程のいずれの段階でも生じうるが、本研究はマウスをモデルとし、「加齢により精子形成過程においてX染色体を有する精子細胞がより細胞死を起こしやすくなり、生まれる仔マウスの性比が偏る」という仮説を検証する。また、クロマチンリモデリング因子として種々の分子をリクルートしうるPax6の下流因子に損傷応答・修復促進因子が含まれること、Pax6の発現が加齢により減弱することから、Pax6は抗加齢因子として損傷応答・修復促進に作用する可能性がある。R4年度は、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)法を確立し、若齢および高齢の野生型雄マウスの精巣の切片上で、減数分裂直後の円形精子細胞の数を定量し、若齢野生型、若齢Pax6ハプロ変異、高齢野生型、若齢Pax6ハプロ変異の順で円形精子細胞数が減少していること、またY染色体精子とX染色体精子の割合がこの順で逆に高くなることを確認した。次に、細胞死の様態を調べるため、TUNEL染色と抗Caspase3抗体による免疫染色を組合せ、アポトーシスか非アポトーシスかを判定したところ、精細管周囲に存在する精祖細胞・精母細胞で認められる細胞死はアポトーシスであるのに対し、高齢マウスの精巣では円形精子細胞の非アポトーシス細胞死が認められることがわかった。さらに免疫染色により、細胞損傷マーカーであるγH2A.Xの発現が加齢により上昇することと、抗フェロトーシスに関わるGPX4の発現は逆に減少することを見出した。以上のように、R4年度における研究進捗は滞りなく進行している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
R4年度では①マウス精巣の切片を用いた蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(FISH)法により、円形精子細胞においてX染色体およびY染色体を判定し、定量解析できる系を確立した。この実験系を用い、②若齢野生型、若齢Pax6ハプロ変異、高齢野生型、若齢Pax6ハプロ変異の順で円形精子細胞数が減少していること、また③Y染色体精子とX染色体精子の割合がこの順で逆に高くなることを確認した。次に、円形精子細胞で生じる細胞死の様態について検討するため、TUNEL染色と抗Caspase3抗体による免疫染色を組合せ、アポトーシス(TUNEL陽性+Caspase3陽性)か非アポトーシス(TUNEL陽性+Caspase3陰性)かについて判定したところ、④高齢マウスの精巣の精細管周囲に存在する精祖細胞・精母細胞で認められる細胞死はアポトーシスであるのに対し、精細管内部に存在する円形精子細胞では非アポトーシス細胞死が認められることがわかった。精巣には多量に酸化されやすい脂質が存在し、活性酸素が生じやすい環境にあること、ならびに転写制御因子Pax6の標的遺伝子にフェロトーシス関連因子が含まれることから、第二減数分裂を終えた円形精子細胞においてフェロトーシスが生じている可能性が想定される。そこで免疫染色により、⑤細胞損傷マーカーであるγH2A.Xの発現が加齢により上昇することと、⑥過酸化脂質の還元酵素としてフェロトーシス防御に関わるGPX4の発現は逆に減少することを見出した。なお、⑦ミトコンドリアの凝縮やミトコンドリア膜密度の増加により形態学的にフェロトーシスの様態を観察することを目的とし、マウス精巣の超薄切片を用いた透過電子顕微鏡(TEM)観察の実験系確立にも挑戦した。
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今後の研究の推進方策 |
円形精子細胞で生じている細胞死がフェロトーシスであるというエビデンスをさらに得るため、引き続き⑦で確立したTEM観察により高齢マウス・Pax6ハプロ変異マウス精巣の観察を行うとともに、⑥で見出したGPX4の精巣内発現に関しては、GPX4のアイソフォームの中でどの分子が機能しているのかについて、qPCRならびにin situハイブリダイゼーション法により確認する。また、⑧精巣のサンプルから円形精子細胞を抽出する方法を確立し、フェロトーシスを誘導することが知られている薬剤でインキュベーションすることによって、X染色体を有する円形精子細胞の方がフェロトーシスを生じやすいのかどうかについて解析を進めることを予定している。その際、活性酸素種によりDNA損傷が生じ、サイズの大きいX染色体のダメージの方がY染色体より重篤なために、有X染色体精子細胞が選択的にフェロトーシスを生じることが考えられる。さらに、フェロトーシス経路の上流には脂質の酸化が想定されるため、どのような酸化脂質が高齢マウス・Pax6ハプロ変異マウスの精巣に含まれるかについて、空間マススペクトロメトリーによる解析を東京大学の青木淳賢教授との共同研究として進める。予算が許せば、精巣由来細胞を用いて単一細胞RNA-seq(scRNA-seq)を行い、加齢やPax6機能欠損により影響を受ける遺伝子を網羅的に同定できるとよい。 以上より、「加齢により抗加齢コーディネート因子であるPax6の減少が生じ、精子形成過程において過酸化脂質生成により誘導されるフェロトーシスがX染色体を有する精子細胞においてより生じやすくなることにより、生まれる仔マウスの性比が偏る」という仮説を検証することが可能であると考える。
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