研究課題
葉緑体DNAは、光合成電子複合体の近傍に位置するため、常に活性酸素種などの遺伝毒性物質に曝露される。そのため迅速なDNA修復が不可欠なはずであるが、その分子機構の詳細は十分に理解されていない。本研究では、細胞核、葉緑体、ミトコンドリアにそれぞれ存在するDNAのうち、葉緑体DNAだけに二本鎖切断(Double strand break: DSB)を引き起こす手法の開発に取り組み、葉緑体DNA修復機構の時空間的理解を目指している。本研究で用いたのは、1980年代に動物細胞で用いられたUVA照射によるDSB誘導法である。BrdU標識したDNAをHoechst染色すると、通常は無害であるはずのUVA(365 nm)照射によって二本鎖切断が引き起こされる。本研究では単細胞緑藻クラミドモナスをモデルとして、FuUrd存在下で葉緑体DNAのみをBrdU標識することで、UVA照射によって生きた細胞の葉緑体DNAのみにDSBを導入する方法の開発に取り組んだ(BrdU/UVA/hoechst-mediated pt/cpDNA scission: BUMPS法)。DSB検出法として用いたのは、アポトーシスにおけるDSB検出法としてしられるTUNEL法である。この手法により様々な処理条件でのDSBを解析したところ、UVC(254 nm)照射では蛍光顕微鏡下で細胞核と葉緑体核様体の両方にDSBが観察されたのに対し、BrdU/FrUrd/Hoechst処理細胞では葉緑体核様体のみDSBが検出された。さらにUVA照射5分後の葉緑体核様体では明瞭に観察されたDSBが、30分後には検出されなくなったことから、葉緑体DNA修復に要する時間が明らかになってきた。現在、RNAseqによる細胞応答について、さらに解析を進めている。
1: 当初の計画以上に進展している
これまで葉緑体DNA修復機構は、葉緑体ゲノムに対し薬剤処理や遺伝子変異がもたらす長期的影響を解析することで進められてきたが、本研究によってはじめて、「時間軸」のある研究が可能となった。また、葉緑体DNAに対してTUNEL法を応用することで、高感度で葉緑体DNAのDSB傷害を検出できるようになった。この手法をさらに発展させれば、これまで過小評価されてきた植物の葉緑体DNA傷害、たとえば野外環境で生育する植物の葉緑体DNA傷害についてより広範な検証が可能となるだろう。
1. BUMPS法による葉緑体DSB誘導条件の最適化:UVCやZeocinによる非特異的DSB誘導に対するBUMPS法による葉緑体DNA特異的DSB誘導について、さらに実験条件の最適化をおこなう。2. 葉緑体におけるDSB修復の時空間的理解:BUMPS法により導入されたDSBがどれくらいの時間で修復されるかについて、定量的解析を進める。3. 葉緑体/ミトコンドリア/細胞核ゲノム修復の網羅的解析:BUMPS処理後、DNA修復がおこなわれた細胞について、処理前後のゲノムをDNAseq解析によりゲノムワイドに比較し、どのゲノムにどれだけどのような修復エラーが蓄積したかを検証することで、修復機構の詳細に迫る。4. プラスチドシグナルと細胞核遺伝子応答:BUMPS処理後の細胞についてRNAseqをおこなうことで、プラスチドシグナルにより誘導される細胞核遺伝子応答について解析をおこなうことで、葉緑体DNA修復機構の全体像に迫る。さらにプラスチドシグナルに関わると報告される変異体群についてBUMPS処理をおこなうことで、どの経路が葉緑体DNA修復に関わるかを絞り込んでいく。
京大から早稲田への異動のため、研究室のセットアップや改修工事に時間がかかっている。研究室のセットアップは2024年6月までに完了し、速やかに研究を再開する予定である。
すべて 2023
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (6件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Proceedings of the National Academy of Sciences
巻: 120 ページ: e2305099120
10.1073/pnas.2305099120