研究課題
本研究では、ワニの給餌実験により餌による歯に残される微細な傷(マイクロウェア)がどのように異なるのかを調べ、その結果を化石ワニ等に適用する事を目的としている。本年度が初年度であるが、ワニ給餌実験は既に米国クレムソン大学で分担者の飯島博士研究員が開始していた。ペレット、イワシ、ウズラ、ラットをアメリカンアリゲーターに与え、飼育水槽中の脱落歯を日本に郵送してもらった。本年度で郵送された脱落歯の解析を進め、その結果としてエサがマイクロウェアに与える影響を明らかにし、論文としてまとめて発表する事ができた。また、比較対象の絶滅ワニとしては岩手県久慈市の後期白亜紀のワニ、スペインの後期白亜紀のワニであるロウエコスクスの歯型を採取した。その他にもカナダとタイの博物館で化石ワニの歯型の採取をすすめた。現在久慈のワニ化石とスペインのワニ化石については、解析および現生ワニとの比較を進めている。化石ワニの表面は概して、給餌実験の使ったワニより粗く、これが実際の餌を反映しているのか、あるいは化石化過程の風化等を反映しているのかを、現生ワニの歯を用いた突き刺し実験により進めている。さらにワニと似通った歯や食性を持っていたと推定される肉食恐竜のマイクロウェアについても解析を進め、現生ワニのマイクロウェアと比較する事で、肉食恐竜が成長段階によって異なる餌を食べており、幼体は成体よりも硬い餌を食べていたらしいことも明らかにする事ができた。この成果も論文として国際誌に出版する事ができた。分担者の平山教授が主催する久慈での後期白亜紀の脊椎動物化石発掘も夏と春に無事の行う事ができ、さらなる追加のワニ化石を発見する事ができた。ワニの分類も含めて、今後研究を進めて行く予定である。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画通りに、ワニの給餌実験の結果をまとめて国際誌に投稿することができた。その結果、食べ物の硬さが歯の表面のマイクロウェアの粗さに影響を与える事を明らかにできた。本研究は、哺乳類以外において初めての給餌実験によるマイクロウェアと餌の関係を調べた研究である。ただ、今回の解析は全て脱落歯に基づいており、頭骨についた歯から直接計測する事はできていない。実験に用いた4頭のアリゲーターのうち、二頭は給餌実験後に安楽死させており、その頭部の日本への郵送を計画しているが、国際貨物輸送がとどこおっている現状もあり、未だにCITESの担当部署からの許可が降りていない。幸いにコロナの状況も好転し、海外での博物館調査が可能な状況になった。そのおかげでスペインの後期白亜紀のワニ化石の歯型やカナダの後期白亜紀のワニ化石、タイの前期白亜紀のワニ化石等の歯型の収集を行うことができた。マイクロウェアの解析についてもスペインのものについては進めている。久慈市の後期白亜紀の脊椎動物化石発掘では発掘地域を広げる事で、さらなる追加の化石が得られた。これまでに久慈で得られたワニの歯化石についても既に解析を進めている。ワニと似通った生態であったと予想される獣脚類についてもワニとのマイクロウェアの比較を行った論文を出版することができた。これは獣脚類恐竜のマイクロウェアを三次元的に分析した世界初の研究であり、恐竜のマイクロウェアの三次元分析としても昨年に我々の研究グループが久慈市産の竜脚類の歯化石を解析して出版した論文に続いて2本目の論文である。ワニや恐竜を含めた大型爬虫類のマイクロウェア研究では、今後も世界の先頭にたって食性史研究の新たな局面を切り開いていきたいと考えている。
ワニやトカゲ等の咬耗面(歯が磨れて平らになった面)が発達しない動物でのマイクロウェア研究は、まだ端緒についたばかりである。特に彼らのマイクロウェアを三次元的に分析する研究は2019年に最初の論文が出版されて始まったばかりである。そのため、現生種あるいは我々が行った給餌実験などにより、マイクロウェアと餌の関係が明らかになりつつあるとは言え、まだまだ手法の精度の向上のために検討すべき課題は多い。特に咬耗面でないところにつくマイクロウェアの解析では、もともとの面の形状が三次元表面性状の結果に影響を与えてしまう可能性がある。現在は表面性状解析ソフトウェアのフィルタリング機能を利用して面全体の大きな形状を除去することで対応している。しかし、これだけで形状が完全にとれているとは言い切れない。今後は、様々な方法を試す事で傷の影響だけを拾い出す事ができるような手法の確立を目指す。また、化石化の過程の歯の運搬中についた傷がマイクロウェアの解析に影響を及ぼすのかどうか、あるいは頭骨中の歯の位置によりマイクロウェアに違いがでるのかどうかなども、現生ワニの歯を堆積物粒子とともに攪拌する実験や、給餌実験に用いたワニの歯がついた頭骨の解析を通じて明らかにしていきたい。また現在分析を進めている岩手県久慈市やスペインの後期白亜紀のワニのマイクロウェアについては、現生ワニのマイクロウェアとの比較を通じて食性復元を行ない、論文にまとめたい。さらに、上述のカナダやタイなどの異なる中世代のワニ化石のマイクロウェアとの比較も行う事で、中生代のワニの食性の地域や時代による変化を明らかにしたいと考えている。
今年度は夏にドイツの国際学会での発表があったため、私および分担者の複数名が、同時期に岩手県久慈市で行われていた発掘調査に計画通りに参加することができなかった。そのために次年度使用額が生じた。繰り越し分は今年度の久慈市産の後期白亜紀のワニ化石の研究にあてる予定である。具体的には、2023年の夏および2024年の春(3月)に予定している岩手県久慈市での脊椎動物発掘の発掘人員の宿泊費と交通費、および久慈市のワニ化石と比較のためのワニ化石標本の購入費を予定している。
すべて 2022 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件) 備考 (2件)
Frontiers in Ecology and Evolution
巻: 10 ページ: 957725
10.3389/fevo.2022.957725
Palaeontology
巻: 65 ページ: e12632
10.1111/pala.12632
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/9921.html
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/9830.html