研究課題
本研究課題では、解析が十分に行われていない繰り返し領域や相同性の高い領域を解析する手法を確立し、ドライバー遺伝子異常が未だ同定されていない小児悪性脳腫瘍を解析対象とし、原因遺伝子変異を同定することを目的として研究を進めている。Group 4髄芽腫において、新規の遺伝子異常を同定した。Group 4髄芽腫は発達段階にある胎児脳の菱脳唇脳室下帯に存在する神経前駆細胞が起源細胞と考えられ、CBFA2T2・CBFA2T3・PRDM6・KDM6Aを含んだCBFA複合体に異常が生じることで発生していることを明らかにした。CBFA複合体に異常が生じることで、神経前駆細胞は正常な分化が阻害され、正常な神経細胞に分化できなくなる。神経前駆細胞は出生時には神経に分化して消失していなければならないが、分化異常のため出生後も遺残することにより髄芽腫の発生母地となることを明らかにした。解析困難領域の解析手法を整えており、寛容なマッピングを用いた解析困難領域の解析を対象疾患計501例に対して行った。さらに精度をあげるために、フィルタリングの改良などを行う予定である。また、ショートタンデムリピートの解析も進んでおり、対象疾患約400例の解析に対して解析を行った。現在のところ、疾患特異的である有意な異常伸長は同定されていない。引き続き解析を進めていく。また、既知のショートタンデムリピートとトランスポソンによる転移因子を解析するアルゴリズムの導入を行い、今後解析を進めていく。
1: 当初の計画以上に進展している
Group 4髄芽腫326例を解析した結果、CBFA2T2とCBFA2T3遺伝子に有意に異常が集積していることを発見した。CBFA2T2とCBFA2T3遺伝子異常は既知のドライバー遺伝子であるPRDM6とKDM6Aの異常と相互排他的に生じていており、腫瘍の発生に重要な異常であることが示唆された。髄芽腫細胞株を用いて、細胞内でCBFA2T2と相互作用しているタンパク質を解析すると、PRDM6とKDM6Aが同定された。そのため、CBFA2T2, CBFA2T3, PRDM6, KDM6Aは細胞内でCBFA複合体を形成していると考えられ、いずれかの遺伝子に異常が生じることで髄芽腫が発生していることが示唆された。発達段階の小脳において、CBFA2T2およびCBFA2T3が発現している部位を調べたところ、菱脳唇の脳室下帯で強く発現していた。正常発達脳の一細胞シークエンスデータと比較しても、Group 4髄芽腫は菱脳唇の脳室下帯の神経前駆細胞に非常に類似しており、この細胞がGroup 4髄芽腫の起源細胞であると考えられた。Group 3髄芽腫の細胞株でドライバー遺伝子であるOTX2をノックダウンすると、正常細胞を模倣するように分化し、その過程でCBFA2T2とCBFA2T3の遺伝子発現が一時的に上昇することがわかった。このことから、Group 4髄芽腫は菱脳唇の脳室下帯の神経前駆細胞が起源細胞と考えられ、CBFA複合体に異常が生じることで細胞の分化が阻害され、本来出生時には消失しているべき細胞が遺残し、腫瘍化していることが考えられた。
CBFA複合体の異常が発見されたため、Group 3およびGroup 4の髄芽腫の発生機序が解明された。しかし、CBFA複合体異常を含めてもまだドライバー遺伝子異常が同定できない髄芽腫症例があるため、引き続き髄芽腫に対しても解析を進めていく。寛容なマッピング(Multiple mapping)を用いた解析困難領域の変異解析はこれまで、髄芽腫444症例、上衣種24症例、脈絡叢腫瘍33症例に行ってきた。また、対照として成人神経膠腫350 症例に対しても行っている。体細胞変異に対する解析手法を作成し、現実的なコンピューターリソースで解析できるように整えた。解析困難領域に存在することがわかっているU1 snRNA変異に関しては問題なく変異の同定ができており、感度に問題はないと考えられる。今後、結果を詳細に見ながら追加フィルタリングを行い、結果の精度を高めていく。シークエンスリードの直接比較による繰り返し塩基配列の異常伸長の解析の解析は約8割の症例で完了した。Germlineにおける3塩基の繰り返し塩基配列の異常伸長の解析を行ったが現在のところ疾患特異的な異常は同定されていない。そのため、3塩基以外の繰り返し配列も解析していく。また、異常伸長の体細胞性異常については染色体コピー数異常の影響を受けるため、コピー数異常を補正した解析手法を確立していく必要があり、今後進めていく予定である。また、既知のショートタンデムリピートを解析するExpansion Hunterアルゴリズムとトランスポソンによる転移因子を解析するxTeaアルゴリズムの導入を行っており、これらも利用して繰り返し配列の解析を行っていく。
主に無料で使用できる公開データを使用して解析を進めたため、初年度の必要経費がかからなかった。次年度は新規遺伝子異常の同定できていない疾患に主に焦点をしぼり、コンピューターリソースを増やして迅速に解析を進めていく。
すべて 2023 2022
すべて 雑誌論文 (2件) 学会発表 (21件) (うち国際学会 2件、 招待講演 10件)
Cancer Science
巻: 114 ページ: 741~749
10.1111/cas.15691
Nature
巻: 612 ページ: E12~E12
10.1038/s41586-022-05578-0