胎児期から乳児期の化学物質曝露は成長や発達への影響が懸念される時期であり、この時期の曝露把握は喫緊の課題である。時間軸情報をもった生体試料を用いて、時間情報を保持したまま分析を行う手法の開発が必要である。乳歯は、胎生中期から出生後約1年間に取り込まれた化学物質の情報が蓄積される。乳歯の時間軸を保持した状態での有機化合物の分析法については前例がない。そこで、光学顕微鏡内蔵型質量分析計を用いて、乳歯中有機化合物曝露の軌跡を明らかにできる分析法を開発し、疫学調査に適用可能な手法を構築することを目的とし、2023年度は、測定に適した乳歯切片の作成、伝導性スライドへの貼付方法など乳歯の前処理法を確立した。さらに、光学顕微鏡内蔵型質量分析計での測定にあたって、イオン化に適した2種(CHCAまたはDHB)のマトリックス剤の選択を進めた。CHCAまたはDHBを乳歯薄片に塗布し、100ー400m/zにおけるフルスキャンスペクトルを比較した結果、CHCAを塗布したサンプルでは乳歯由来と考えられる質量数のピークが多数検出され、DHBと比べてイオン化効率が高いと考えられた。一方で、DHBは低質量領域にマトリックス剤由来のピークが検出され、乳歯由来の物質のイオン化に適していない可能性が示唆された。またCHCAを使用した場合に見られた乳歯特有のピークについて、分布特性をみたところ、A)象牙質全体に分布している場合、B)象牙質中心部に分布している場合、C)象牙質内のエナメル質近傍に分布している場合と3パターンの物質が存在することを確認した。CHCAは、通常、ペプチドおよびヌクレオチドなどを測定する際のマトリックス剤として用いられており、乳歯中のこれらの物質が検出された可能性が高い。今後、様々なマトリックス剤の検討を進めるとともに、成長過程で経時的に変化する物質を捉えることにより、疫学研究と融合できるような新たな研究展開をもたらすことが期待される。
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