この研究は、現代中国哲学・思想の代表者の一人である熊十力の『新唯識論』を中心に、東アジアにおける近代意識の形成および展開を考察しました。 熊十力の『新唯識論』は1932年に出版された「文言文本」と1944年に出版された「語体文本」があります。「文言文本」から「語体文本」までの12年の間に熊十力の思想が大きく発展し、その展開が「語体文本」の中に反映されています。しかし、わが国における熊十力研究のほとんどは「文言文本」が対象としていて、彼の初期思想しか研究されていません。このような研究状況を鑑みて、熊十力があらたに「語体文本」に書き加えた内容を取り上げ、その解釈および哲学史・社会思想史における意味の解明に重点を置きました。 23年度は、前年度の研究成果を踏まえて第七章「成物」に含まれた近代的認識論の型枠を抽出し、それが熊十力哲学における意味および伝統中国哲学の文脈においてその展開の意義を示しました。 また、熊十力の哲学に現れた「近代的」な認識論の構図をベルクソン哲学のエラン・ヴィタールの概念と比較して、両者が交錯したところにあらわれたポストモダンの問題意識を明確にしました。熊十力が提示したモデルは、東洋伝統の文脈から導き出した「近代」への返答でありながら、ローカルな思想という枠組みを超えた普遍的な哲学そのものでもあります。古代ギリシアから流れてきた西洋哲学の文脈が共有されなくても同じ地平に辿りつけたことへの確認は、哲学の普遍性にもアクセスできる重要な問題となります。 上述の研究成果は、国内・国外の学会にて数多くの発表を行い、海外の学者を招聘してシンポジウムを開催しました。このような活動を通してわが国の研究水準を世界に示すことができました。研究成果の出版を見据えつつ、今後はさらなる研究を行えることに期待したいと思います。
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