研究課題/領域番号 |
22K19999
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
金 景彩 慶應義塾大学, 外国語教育研究センター(日吉), 助教 (50962437)
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研究期間 (年度) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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キーワード | 朝鮮文学 / 植民地文学 / ナショナリズム / 純粋文学 / 金東里 |
研究実績の概要 |
本研究は、植民地期の朝鮮で提出された「純粋文学」およびそれをめぐる議論を分析し、「純粋文学」(論)が1930年代後半以降の朝鮮においてもちえた意義と限界を、反ナショナリズムの観点から分析するものである。それにより、「純粋文学」を植民地期から連なるナショナリズム批判の系譜に位置づけるとともに、ナショナル・アイデンティティに代わる新たな主体のあり方を提示することが、本研究の最終的な目標である。 2022年度は、「純粋文学」をめぐる先行研究を整理しつつ、1930年代の朝鮮/日本本土の思想状況の調査を行った。同時に、「純粋文学」を代表する文学者、金東里の作品および批評テクストの分析も開始した。その成果として、2022年10月2日に開かれた朝鮮学会で、金東里による「純粋文学」の内実をまとめ、口頭発表を行った(「金東里の初期作品における「朝鮮的なもの」の脱構築 」朝鮮学会第73回大会)。翌11月には、韓国での資料調査を行い、日本国内では入手できない新聞・雑誌資料を収集した。新たに入手した資料を踏まえ、内容をさらに発展させたものを、2023年2月11日(「共同体の脱構築と「純粋文学」の地平──植民地期金東里の初期作品を中心に」韓国日本学会第105回国際学術大会)に発表した。2022年度に行ったこれらの調査および分析を通じて明らかにすることができた点は、1930年代の「純粋文学」が、先行世代のプロレタリア文学(マルクス主義)を相対化する過程の中で形成されたこと、マルクス主義的な普遍的歴史発展に囚われない主体性を模索していたこと、さらに、日本本土のいわゆる「近代の超克」論に多くの影響を受けていたことである。とりわけ、当時の「純粋文学」論をリードしていた金東里の作品と文芸批評を分析し、彼の作品の中で、近代的共同体のもつ暴力性が露呈される様相を捉えたことは、今後の研究につながる重要な成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、植民地期の朝鮮で書かれ、従来の韓国文学史において「純粋文学」として括られてきた一連の文学作品と、それらをめぐって提出された「純粋文学」論を分析し、ナショナル・アイデンティティに代わる新たな主体のあり方を導き出すことを最終的な目標としている。 この目標を達成するためには、①1930年代前後の朝鮮/日本本土の思想的状況の整理、②「純粋文学」(論)における「主体」の内実の分析、③当時の思想状況における「純粋文学」の意義と限界の導出、④ナショナリズム理論との照合のプロセスが必要である。2022年度には、①、②の課題に注力して研究を行った。それにより、1930年代の「純粋文学」論の朝鮮内部における位置づけと、日本本土の戦時思想との影響関係を明らかにすることができ、2023年度の研究を行うに当たって軸とすべき問題意識を固めることができた。とりわけ、2022年度の研究の中で得られた、ナショナリスティックな共同体を解体(「脱構築」)する「純粋文学」という論点は、本研究が「純粋文学」の中で当初注目していた「再現する主体」の、批判的・創造的意義を明らかにするものとして、極めて重要である。 当初の予定通り、2022年度内に韓国での資料調査を行い、そこで入手した新資料の分析を通じて得られた「純粋文学」の新たな知見および今後発展させうる問題意識を、2回の口頭発表を通じて公表した。現在は、口頭発表で得たフィードバックの内容を検討しつつ、2022年度の成果を論文にまとめている段階にきている。2023年度には、②の分析を継続しつつ、③と④に焦点をあてて研究を進めていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は、2022年度の研究を通じて得られた「共同体の脱構築」という問題意識を、より多くの文学者の作品、文芸批評テクストと関連づけながら深化させる予定である(②「純粋文学」(論)における「主体」の内実の分析)。テクスト分析の結果を植民地期の朝鮮の状況に照らし合わせ、「純粋文学」が築き上げた思想の意義と限界を明らかにする(③1930年代の思想状況における「純粋文学」の意義と限界の導出)。最終的には、ナショナリズム理論との関係性の中にそれらのテクストを位置づけ(④ナショナリズム理論との照合)、植民地朝鮮において生産されたテクストの現在的な意味を示すことを目指す。 これらのプロセスを通じて、「純粋文学」から読み取れる、「再現する主体」による「共同体の脱構築」が、特定の作家や作品に限らず、1930年代の閉塞した思想状況の全体に対して企てられた一個の打開策であったと同時に、今日のナショナル・アイデンティティの問題に対しても、そのアイデンティティに代わる新たな主体のあり方を示す点で、有意義な示唆を与えるものであることを論証する。 これらのプロセスは、次の順序で公表していく予定である。まず、2022年度の研究成果を論文としてまとめ(2023年5月)、さらなる文献の精査を通じて内容を深化させたものを、関連学会で発表する(2023年10月)。年度末には、2022年度-2023年度の研究成果を国際学会で発表し、論文としてまとめる予定である(2023年3月)。2022年度は、新型コロナウイルスの感染拡大により、韓国における現地調査の期間が短くなったため、2023年度には、必要に応じて2回目の韓国における現地調査を行うことも検討している。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度は、コロナウイルス感染拡大の影響により、資料調査のための海外出張(韓国)を短期間に留めたことや、旅費のかからないオンライン形式の学会が多かったことなどにより、繰越金が発生した。収集した資料の量が少なかったことから、資料のデータ化を本格的に開始しておらず、当初購入予定だったスキャナーやタブレットを購入しなかったことも、繰越金発生の原因となった。 2023年度には、二度目の韓国出張(2023年8月)および国内学会参加(2023年6月、10月)、国際学会参加(2024年2月)を予定しており、2022年度に支出しなかった旅費の支出が見込まれている。また、今後の研究に繋げていくための資料のデータ化を行うことになるため、スキャナーやタブレットの購入も計画している。研究課題最終年ということで、これまでの研究をまとめた論文を発表する際の校閲費などの出費も見込まれる。
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