最終年度は、主に『愚管抄』の古筆切七点を俎上に載せて、本文の比較研究に取り組んだ。対象の七点の内、二点は坂口太郎氏(高野山大学)の御教示によるものであり、あらためて氏の御学恩に感謝申し上げる。加えて、『愚管抄』の災厄記事についても注意し本文の読解にも取り組んだが、この点は成果報告書に詳細を記すため、ここでは古筆切の分析の成果を中心に述べておきたい。古筆切七点と『愚管抄』諸本との本文比較に取り組むことで、底本選定の判断材料を提示することができた点は有意義だった。のみならず、伝来史、享受史を考える上でも重要な視点を見出すことができた。とくに最終年度は、ほぼ未解明の中世の享受史に光を当てることができたといえる。具体的な成果としては、正和二年の本奥書を有する阿波本・島原本が漢字・片仮名交じり表記であることを根拠に、『愚管抄』の原態・古態は平仮名表記ではなく片仮名表記であることが有力視されてきたものの、これに疑義を呈することができたことがまずはあげられる。鎌倉期から南北朝期の時代に書写されたと推定される古筆切七点が全て平仮名表記であること。それから、現存最古の書写本、図書寮本の親本が平仮名本であったこと。これらを踏まえると、片仮名本古態説は再考の余地がありそうである。さらに古筆切の形態面にも注意を向け、中世の『愚管抄』の装訂についても分析を加えることができた。研究期間全体を通じて、『愚管抄』本文の研究基盤を構築しつつ、享受者、読者、伝来の歴史の解明に努めることができた。
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