最終年度である本年度は、前年度に引き続き、唐招提寺文書「家屋資財請返解案」に関する研究を遂行した。本文書は、自立語が大字で書かれ、付属語が小字の仮名で書かれるという、「宣命体」「宣命書き」と呼ばれる表記スタイルが見えるものである。従来その重要性は指摘されてきたものの、国語学的研究はほとんど成されてこなかった。当該文書についての研究成果は、以下の通りである。 ①当該文書の意味内容を精査するとともに、表記および語彙に着目して分析を行った。特に、文章中に散見する「厶甲」という語句・表記について、空海の書簡である「遍照発揮性霊集」および「高野雑筆集」での用例を収集し、その用法を分類・調査した。そのうえで、自分自身のことを指す「厶甲」(某甲)という用法が、当該文書においても認められることを分析した。 ②当該文書は、「他田日奉部神護解」という他の文書との関連性がうかがわれた。その結果として、文書の位置づけについて、従来説から見直す必要があるものと結論づけた。 ③文書中において小書きされる仮名および「厶甲」の現れ方と、記載内容との関わりを観察すると、書かれる内容ごとに表記および表現方法の違いが認められた。 上記の調査・分析も含めて、これまでの研究内容を総括し、訓点語学会の学会誌『訓点語と訓点資料』に論文投稿を行った(現在査読中である)。 研究期間全体を通じては、奈良時代の文献における「資料性」をめぐって、資料的性格と表記の現れ方の関連について研究を遂行することができた。上記の唐招提寺文書に関する研究は、紙の文書における表記の現れ方を研究することの一環である。研究成果の一部は、軽部利恵「上代特殊仮名遣いの「違例」と資料的性格の関連――萬葉集・木簡・仏足石歌に着目して――」(『実践国文学』104号、2023年)として発表している。
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