研究課題/領域番号 |
22K20044
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
川崎 聡史 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特任助教 (10963150)
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研究期間 (年度) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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キーワード | 社会運動 / 市民社会 / 西ドイツ / 現代史 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、西ドイツのドイツ社会民主党(SPD)と自由民主党(FDP)の連立政権期である1969-1982年に、市民の自己決定に関わる政治参加機会のあり方が行政との相互作用の過程でいかに変化したのかについて、特にヘッセン州のローカルな展開に注目して明らかにすることである。 この目的を達成するため、2022年度に申請者は公共サービスの不足に対する抗議運動と行政の対応に注目した。とりわけ申請者が取り組んだのはフランクフルト・アム・マイン市ヴェストエント地区で活動した市民イニシアティヴ「ヴェストエント活動委員会」(1969年設立)の運動である。この市民運動団体は、建設業者や個人投資家によって進められた再開発が引き起こした都市環境の悪化に抗議した。 これまでのフランクフルト再開発問題は、1980年ごろに設立される90年連合/緑の党の政治家が抗議運動に参加していたこと、および住宅闘争のような抗議運動家と警察の暴力的な衝突が発生したことを踏まえて、もっぱら市民運動側からの視点に立って研究が進められてきた。 しかし、本研究では行政および法制度の展開にも注目することで、再開発問題の様相を立体的に浮き彫りにした。先行研究では、市民運動による都市環境改善の要求をフランクフルト市政府が押さえつけたという枠組みで議論されてきたが、実際には市政府も市民の要求に積極的に対応しようとしていたことを明らかにした。しかし、市政府の施策の効果は、再開発規制のためのノウハウの不足、および法制度の未整備によって限定され、1970年代前半の抗議運動のエスカレーションを防ぐことができなかった。しかし、1970年代半ばにはノウハウの蓄積と法制度の拡充が進んだことで、暴力的な衝突を防ぐことができるようになるとともに、再開発に伴う解体から住宅や古い記念碑的建造物を守るための制度が作られ、再開発問題は解決に向かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は概ね順調に進展している。 【2022年度の調査状況】 申請者は2022年9月にハンブルク社会研究所文書館(Archiv des Hamburger Instituts der Sozialforschung)、および社会民主主義文書館(Archiv der sozialen Demokratie)を訪問し、フランクフルトのヴェストエント活動委員会側の資料を収集することができた。さらに10-11月にかけてダルムシュタットに所在するヘッセン州立文書館(Hessisches Staatsarchiv Darmstadt)、およびヴィースバーデンに所在するヘッセン州立中央文書館(Hessisches Hauptstaatsarchiv Wiesbaden)を申請者は訪れ、ヘッセン州政府による再開発反対運動への対応について調査した。 【2022年度の研究成果公表】 2022年度に申請者は積極的に研究成果を公表した。申請者は2022年11月にドイツ学術交流会(DAAD)が全世界のドイツ研究機関向けに毎年発行する学術雑誌『Einblicke/Insights』に、昨年までの研究成果である1960-70年代のフランクフルトにおける自治的な保育施設であるキンダーラーデンに関するドイツ語論文を発表した。2022年12月には学術雑誌『現代史研究』に、「1960-70年代のフランクフルト・アム・マイン再開発問題:抗議運動への行政の対応に注目して」を発表し、本研究課題の成果を公表した。 さらに2022年度に申請者は2度の研究報告を行った。2022年11月にはアレクサンダー・フォン・フンボルト財団主催のVirtual Humboldt Colloquium、2023年3月には西日本ドイツ現代史学会において、フランクフルト再開発問題に関する報告を行った。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は、当初の研究実施計画に沿って「過激派条令」に対する抗議運動と政府機関の対応に関する研究を進める。1960年代に世界各国で盛り上がった学生運動は、西ドイツの若者の多数を左傾化させた。こうした若者に危機感を抱いた西ドイツの政府機関は、1972年に「過激派条令」を制定して彼らを公職から排除しようとした。 本研究課題では、「過激派条令」のヘッセン州での運用状況を調査する。ヘッセン州政府は当初は条令の運用に抵抗したが、1975年ごろから本格的に条令を適用するようになった。その後、ヘッセン州政府は、市民からの批判を背景にして1978年までに条令の運用を停止した。こうしたヘッセン州での条令をめぐる州政府と抗議運動の動向は、市民の多様な政治信条にどのように対応するべきなのか、西ドイツ民主主義はどの程度盤石なものなのかという問題に関する当時の様々な理解の対立を反映していた。そのため条令の運用状況の調査は、1970年代までの西ドイツ民主主義の歴史的発展を明らかにする意義を持つ。 本研究課題を進めるにあたり、2023年度は夏と冬にドイツに渡航し、文書館調査を行う。2023年度夏にはヘッセン州立文書館のダルムシュタット支所とマールブルク支所、およびヴィースバーデンに所在するヘッセン州立中央文書館を訪問し、ヘッセン州政府の動向を調査する。さらに抗議運動側の動向を調査するために、ミュンヘン労働運動文書館(Archiv der Muenchner Arbeiterbewegung)、ボンに所在する社会民主主義文書館(Archiv der sozialen Demokratie)、およびハンブルク社会研究所文書館を訪問して史料調査を行う。 加えて『歴史学研究』をはじめとする学術雑誌への論文投稿、および2023年9月のドイツ現代史学会での研究報告を通じて、本研究課題の成果を積極的に公表する。
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