研究実績の概要 |
本研究課題「前近代地中海域における海上境域の形成と海域国家論の構築」に関する実績報告をする。 2023年9月13日から28日にかけて、イタリア・パレルモおよびスペイン・バルセローナでの史料調査を実施した。この調査では、現地の研究者と文書館職員と協力して、これまで手に入れられなかった海上保険に関連する史料であるRusticus de Rusticoの公証文書を入手した。これにより、14世紀前半から現在までの海上リスクに関する史料を包括的に分析できるようになった。また、バルセローナの文書館では、14世紀の海事法に関連する史料を閲覧できた。この調査で250枚以上の史料を集め、現在それらを整理し分析している。 また、10月6日から8日にかけて立教大学で開催された国際シンポジウムWater Networks, Islands, and Political Powers in the Global Middle Agesで、"Maritime Power in the Kingdom of Sicily: Navigating Maritime Risk and Port Control"と題する報告を行った。この報告では、シチリア王国周辺海域の境域性と同海域における政治経済的な権力構造の相互関係を示し、政治的に利用された海上掠奪の実態を明らかにした。報告中、ライデン大学のルイス・シッキング教授から重要な指摘を受け、前近代の掠奪問題における思想的背景を考慮する必要性が示唆された。そのため、政治的掠奪に関する法観念に言及するとともに、バルドゥス・デ・ウバルディスの思想から初期中世の海事法にまで遡り、海上掠奪の歴史的な推移を明らかにすることで、前近代の「海域国家」像を示すことができると考えられる。以上のように、法的・思想的背景を明らかにすることが海域国家論の構築に向けた新たな課題となる。
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