研究課題/領域番号 |
22K20103
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
清水 拓磨 立命館大学, 衣笠総合研究機構, 研究員 (50961926)
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研究期間 (年度) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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キーワード | 自己負罪型司法取引 / 法と心理 / 虚偽供述の防止 / 冤罪の防止 |
研究実績の概要 |
近時、我が国では、自己負罪型司法取引の導入の可否が問題になっている。従来、導入に否定的な立場は、司法取引が虚偽供述を誘引し冤罪を生むおそれを問題視してきた。導入否定論・賛成論ともに、多くの議論が揃いつつあるというのが現状である。とはいえ、我が国の議論に限っていうと、規範的な観点からの検討は存在しても、心理学の知見を踏まえるといった実証的な観点からの検討は十分でなかった。近時、アメリカ合衆国では、司法取引が冤罪を生んだという現状を踏まえて、方法論的な反省もなされており、法学における分析だけでなく、心理学的分析に基づいた論文も数多く公表されている。以上の状況を踏まえ、本研究では、心理学との学問上横断的な観点から、自己負罪型司法取引が虚偽供述を誘引するのを防止できるかを明らかにすることを目的に設定した。 2022年度は、それまでに公表された心理学における実験室実験の成果を踏まえ、どのような手段が虚偽供述防止策になり得るのかを整理し、比較的分析に基づき、各防止策を日本で採用できるかを検証した。具体的には、①弁護人の援助、②量刑格差の制限、③有罪率の引き下げを検討した。自己負罪型司法取引については、既に5年以上の研究を行っており、2022年度は、それまでの成果をまとめることができた。詳細は、2022年10月に公表した接書『自己負罪型司法取引の問題』(成文堂、2022年)を参照。こうした学際的な視点をもった研究は方法論としても価値・重要性が認められるものと思われ、先の接書は既に複数の引用がなされいる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度は、自己負罪型司法取引が虚偽供述を誘引する危険性・虚偽供述防止策について検討した心理学研究を整理・分析した。そして、その成果に基づき、比較的手法から、日本で自己負罪型司法取引の導入が許されるかを検討した。具体的には、①弁護人の援助、②量刑格差の制限、③有罪率の引き下げを中心に分析を行った。例えば、①については次のような検討を行った。近年、弁護人が無実の者に取引に応じないように助言すれば、虚偽供述をある程度防止できることを示唆する実験結果が実験室実験を用いた心理学研究で示されている。そこで本研究では、日本において、弁護人にそのような助言を行うことを期待し得るかを検証した。その結果、次の3つの理由から困難であることが明らかとなった。第1に、弁護人に取引に応じよう助言することを求めるには、弁護人が証拠を吟味し、依頼人の罪責の有無を把握していることが前提となるが、現行の証拠開示制度は整理手続に内蔵されているため、起訴前に取引がなされれば、その把握がそもそもできない場合がある。第2に、自己負罪型司法取引は基本的には依頼人の刑を相対的に軽くするという特徴を有することから、有罪となるか無罪となるか明らかでない状況において、取引に応じないよう助言することが依頼人の利益になると直ちに断言できない。第3に、事件の迅速処理を行なえるという点で、取引に応じさせることには弁護人固有の利益があり、そのことが取引に応じないよう助言することの障害になるおそれがある。 以上の研究成果は、『自己負罪型司法取引の問題』(成文堂、2022年度)という単著にまとめて公表した。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、引き続き、心理学の知見を踏まえた学際研究及び文献を重視した比較法研究を進めつつも、アメリカ合衆国での現地調査(インタビュー調査)を実施する予定である。現地調査を実施する理由は次の通りである。 我が国において、虚偽供述防止策について、理論的・比較法的観点から本格的な検討を行った研究は極めて少ない。加えて、外国制度に関する限られた先行研究も、「書かれた法」についての分析にとどまっており、実際の運用状況まで踏まえた精確な比較法的知見を提供するものにはなりえていない。しかし、先行研究が虚偽供述防止策を設計する上で参考にするアメリカ合衆国では、近年の冤罪研究によって、司法取引が虚偽供述を誘引し、数多くの冤罪を生んでいることが解明されるに至っている。つまり、実態まで見た場合、虚偽供述防止策が実効的には機能していないと評価し得る可能性がある。そうすると、アメリカ法を参考に虚偽供述防止策を検討するにあたっては、従来の文献研究だけでなく、実務運用まで含めたより踏み込んだ調査・分析が求められるはずである。そこで本研究では、実際にアメリカ合衆国に赴き、研究者に対するインタビュー調査を実施することにする。また、現地での裁判傍聴も行う。調査先は、当初の予定通り、アメリカ合衆国の首都であるワシントンD.C.とする。実施期間の詳細は、2023年5月に実施するアメリカ合衆国の研究者との相談会で確定するが、さしあたり8月後半を予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が「0」より大きくなった理由は次の点にある。本研究は最新の心理学における知見をフォローしつつ比較法的分析を加えるものであるところ、当初の想定より、心理学分野の書籍が発売されなかったため、その分の物品費がかからなかった。 今後の計画については、引き続き、学際研究及び比較法分析を進めつつも、当初の予定通り、2023年8月にアメリカ合衆国ワシントンD.C.に現地調査に赴く予定である。ロシアによるウクライナ侵攻などを受けて、現在、渡航費や宿泊費が高騰していることから、現地調査には、当初の予定より、多くの費用が必要になると思われる。助成金の一部はその費用にあてる予定である。
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