前年度を通じて、EUにおける「われわれ」の構築が「彼ら」を生み出し、自身の「揺らぎ」の一要因となっていることが確認された。しかしながら、そうした「われわれ」をどのように具体化しようとしているのかについては十分に明らかにされてこなかった。 そこで、本研究では2010年代以降欧州委員会が注力している特定層の1つである子どもに焦点を当てて分析した。EU条約では市民を年齢で区別するとは記されていないものの、子どもは大人と同じ水準では政治参加ができない。とはいえ、2021年に『子どもの権利に関するEU戦略』が欧州委員会によって提示されるなど、EUにおいて子どもは「新たな」検討対象である。それでは、EUではどのようにして約8000万人の非有権者である子どもが組み込まれてきたのか。本年度はEUにおける子どもの権利をめぐる停滞と進展について、欧州委員会とステークホルダーの関係に着目して明らかにすることを研究目的とした。研究を通じて、子どもの政治参加が2010年代に進められた一方、その主たる目的は子どもの権利を重視する大人の説得であったことが明らかにされた。また、子どもの参加による政治的インパクトがEUでは求められていないことも浮き彫りとなった。 EUでは民主主義、自由、平等といった価値に基づく「われわれ」を担う対象の策定に関する検討が2010年代に進められた。だが、現状そうした対象の参加を通じた政治的インパクトは求められていないことが本研究により示された。今後もEUではマイノリティを「発見」し、政治参加を促すことから、本研究の知見はEUによる特定層の取り込みとそのインパクトに関する研究への応用が期待される。
|