研究課題/領域番号 |
22K20176
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
田中 義孝 福岡大学, 商学部, 講師 (30967146)
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研究期間 (年度) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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キーワード | ESG / イベントスタディー / 情報開示 / 無形資産 / 株価の情報性 / グリーンウォッシング |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、ESG投資の潮流が金融市場の機能にもたらす課題を実証的に明らかにしたうえで、社会課題の解決や企業価値の向上にとって望ましいESG投資の在り方を理論的に検討することにある。 はじめに、イベントの財務的なパフォーマンスとの関連性とイベントに対する社会的な注目の高さに着目して、米国企業を対象にESGイベントに対する株式リターンの反応を検証した。投資家の行動が社会的な熱狂に左右される場合、ESGが金融市場における情報伝達や価格形成機能を歪めている可能性があり、研究結果はESG投資の負の側面を指摘する意義がある。分析の結果、財務関連性が低いイベントも統計的に有意な反応を示したうえに、株式リターンは財務関連性の差ではなくSNSの反応の大きさで評価した社会的注目の高さに左右されるという関係が見られた。またこのテーマに関連して、財務関連性の高い環境保護活動に消極的であることがリスク要因として認識されていることを米国企業の年次株式リターンを対象に検証した共著論文が英文査読誌に掲載予定である。 日本企業のESGに関する無形資産を推計し、株価の情報性との関係を検証した研究では、無形資産は情報性と正の相関があることが確認された。さらに、無形資産の蓄積が進んだ企業の中でも、それが既存のESGスコアでは評価されない企業ほど情報性が高いことが分かった。この結果は、パフォーマンスや開示姿勢を評価する既存のESGスコアでは十分把握できない、長期的なCSR活動の蓄積のを基にした評価の重要性を示している。 三つ目の研究では不都合な情報の選択的非開示の有無とその要因を検証する。作成中の判定モデルは学術面のみならず、社会的にも課題となっているグリーンウォッシュへの対策としても意義がある。四つ目に位置づけられる理論研究では、これら実証研究の結果をもとにモデルのメカニズムについて調整を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
一つ目の研究では、当初の予定通り分析を終え,第31回日本ファイナンス学会などでの発表を予定している。さらに本テーマに関連する研究がCorporate Social Responsibility and Environmental Management誌に掲載予定である。両研究の結果は、財務的関連性の高いCSR活動が長期的には投資家の行動に影響を与えている一方で、短期的なESGに対する市場の熱狂から財務関連性の高い情報が投資家に伝わらず市場の機能に支障をきたしている可能性を示唆している。 二つ目の日本企業のESGに関する無形資産の分析も当初の予定通り分析を終え、無形資産は株価情報性(price informativeness)と正の相関があることを示した。さらに、無形資産の蓄積が進んだ企業の中でも、それが既存のESGスコアによって評価されていない企業ほど情報性が高くなっていることが分かった。 三つ目の研究では、当初の計画では情報開示を評価したESGスコアと報道などの外部情報に基づくスコアの比較により、不都合な情報を開示しない企業を特定しようとした。しかし、開示はしているものの開示情報の分量の少なさや表現の曖昧さによってその企業のESG課題が十分説明されていない企業が存在する可能性もあり、既存の開示型ESGスコアではこのような開示情報の質を十分に把握できず、選択的開示の判断にバイアスが生じる。そのため、開示情報の表現の違いを評価したモデルを構築することとした。現在、開示内容からESGの取り組みの強さを判定する機械学習モデルを作成中である。 四つ目の理論研究では、これら実証研究の結果をもとにモデルのメカニズムについて調整を進めた。CSR活動が環境や社会のパフォーマンスを改善する効果に対して、その活動の財務関連性が低い場合と高い場合において、金融市場に生じる摩擦について検討した。
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今後の研究の推進方策 |
一つ目と二つ目の研究では既に結果を得ているものの、さらなる精緻化が必要である。一つ目の研究では、分析対象となるイベントを選択する際にある基準のもとで機械的に選別をしているが、その基準の妥当性についてさらに議論を進めたうえで、複数の選別基準を用いて結果の頑健性を確認したい。さらに、本研究ではイベントが株価に影響を与えるという前提で分析をしているが、株価の動向を見て企業がESGへの取り組みとその情報開示を選択している可能性も否定できない。逆因果の可能性を考慮した研究の精緻化を予定している。また、追加の研究として財務関連性の高いCSR活動に経営陣が取り組むインセンティブを検証できないか検討している。無形資産に関する研究の結果は、長期的に蓄積されたESG資産の中に、既存のESGパフォーマンス指標や開示指標には含まれていない情報が含まれていることを示唆している。一方で既存のESGスコアにもESG資産に関する情報が含まれている可能性があり、既存スコアの詳細な情報を利用してその影響を除いても結果が頑健であるかを確認する予定である。 グリーンウォッシングに関する研究は共著者の協力のもと判定モデルを作成中である。統合報告書を始めとしたサステナビリティに関する開示情報の内容や表現がESGに関するイベントの結果として変化した場合、本来は説明すべきテーマを十分に説明していないとの判定ができないかを検討している。先行研究をもとに、グリーンウォッシュに繋がりうるイベントの選定を進める予定である。初年度の研究結果とそれに関連するデータの収集によって、ESG資産蓄積の裏付けがないESG情報が投資家にもたらすコストと、NOxやCO2の削減量とESG資産の関係が得られている。これらのデータをもとに理論モデルのパラメータを設定し、政策的な効果を検討するのが最終年度後半の目標である。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度は研究発表を伴う出張を予定していたが、研究が大きく進捗したのは年度の後半であったため旅費の支出がなかった。一方で、予算計画立案後に生じた急激な円安により、データの購入費用が予定額を上回った。次年度使用額の53900円も加えて2023年度は当初の予定よりも多い金額をデータ購入費に充てることになる。また、2023年度は研究結果を各種学会や海外査読誌に投稿するため、それに伴う費用が発生する予定である。
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