まず,最終年度にあたる本年度は,近年のmultiple SLEにかかわる理論の発展を受けて,複数の「指」を持つLoewner微分方程式の基礎理論について再考した.特に,方程式が定数係数を持つような多重スリットのパラメータ付けの一意性が,確率解析におけるマルチパラメータマルチンゲールの理論を通じて,multiple SLEとDysonのBrown運動とを結びつけるここ数年の研究において役割を果たしうることを認識した.また,このような考察は我々の多重連結領域の設定でも十分働きうる. 次に,研究期間全体を通じた研究について総括する.本研究の目的は,多重連結領域におけるSLEおよび関連する共形不変確率場の構造の解明であった.しかしながら,この方向での研究については,必ずしも期待したほどの進展は得られなかった.これには二つの理由がある.一つは,領域の内部境界とSLE traceとの相互作用の解析について,当初の想定を超えた困難さが浮き彫りになったことである.もう一つは,ここ数年でSLEに関しては様々な理論の発展が見られたことから,研究の方針をより広いものに転換し,多くの興味ある話題の収集に時間を割いたことである.上記の多重スリットに関する観察もその一つである.こうして得られた新たな方向性,そして元々の本研究のうち残った課題については,本研究の期間が終了した後も引き続いて研究を進めていく予定である.
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