人工ミニマルセルの2成分目の情報高分子として新たに合成・実験系を確立したポリピロールを用いて、まず2種類の情報高分子・2種類の膜組成・2種類の材料分子供給からなる8通りのパターンについてベシクル成長速度の測定を行った。その結果、当初の見込み通り人工ミニマルセル系の組成(「種」)によってその成長速度に差(「変異」)が生じることが動的光散乱法を用いた粒径測定により確認され、進化する自己生産ミニマルセルを実際の実験系として構築するための基本形が完成した。 また本研究の目標はモデル実験系である人工ミニマルセルの構築だけでなく、それを足がかりに単純な分子集合系と生命とを繋ぐ物理的原理に迫ることにあるが、この理論面で当初の想定を大きく上回る成果があった。本研究により非平衡系の熱力学に新たに取り組み、細胞の代謝系の理論モデルを出発点に、ミニマルセルの化学反応系(情報高分子合成)にともなうエントロピー生成と膜成長速度のバランスに関する評価関数を考案し、それに基づいて「環境に応じていかにしてエネルギーコスト(散逸)を抑えつつ大きく成長するか」という一本の筋で単純な分子系からミニマルセル系の出現、そして変異と進化による高度化のプロセスを説明しようとする枠組みの基礎を構築できた。 総じて、従来は1種類の情報高分子・1種類の膜組成が化学反応系と連携していた人工ミニマルセルについて、組成の多様化による進化可能なシステムへの実験面での展開、および物質から生命出現までを貫く原理の理論的探究という、実験・理論が共同した世界で唯一のミニマルセル研究を推進することができた。
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