本研究では,結晶シリコンが吸収できない近赤外光(>1150nm)の有効利用によって太陽光発電を高効率化させることを目指して,Ni2+-Er3+イオン間エネルギー移動を利用した近赤外アップコンバージョン発光を実現する光機能材料を,カチオン・アニオン置換に基づく配位子エンジニアリングの観点から創製することを目的としている。複雑なアップコンバージョン発光プロセスの現象理解のため,Ni2+の近赤外光吸収過程に注力して研究を進めた。昨年度検討したペロブスカイト型蛍光体に加え,Ni2+が占有可能なMgサイトを有する様々な酸化物・フッ化物を中心に近赤外広帯域吸収を有する材料を探索した。Ni2+近赤外光物性とホスト化合物との相関を明らかにするために,近赤外光吸収・発光特性評価に加え,結晶構造解析および第一原理計算による励起準位のシミュレーションを行った。合成したNi2+添加近赤外蛍光体において,Niまわりの局所構造の平均結合長が長いほどに3dエネルギー準位の結晶場強度が大きくなり,吸収波長が短波長シフトすることを見出した。一方で,歪んだ5配位構造をNi2+が占有した場合には,Ni-O平均結合長にかかわらず縮退したエネルギー準位の分裂が非常に大きくなり,2000nm付近まで吸収帯が長波長シフトすることが明らかとなった。一連のNi2+添加蛍光体に対する分子軌道計算により得られた3T2励起準位のエネルギーは実験結果に対して誤差1000cm-1以下で一致しており,高精度で近赤外吸収エネルギーを予測可能であることを示した。以上の結果から,Ni2+添加蛍光体の吸収波長に関して結晶構造および第一原理計算に基づくスクリーニングによっておおよそ予測が可能であることが示唆され,エネルギー移動アップコンバージョン蛍光体の今後の研究開発における材料探索の加速化につなげることが可能であることが実証された。
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