研究課題
本研究の目的は,ハゼ科魚類をモデルに,河川汽水域の生息環境の質や環境収容力が通し回遊魚の繁殖にどのような影響を与えるかについて,野外調査および飼育実験によって基盤的な知見を得ることである.令和5年度はまず,汽水域および淡水域を繁殖場所とするゴクラクハゼおよびスミウキゴリについて,卵塊の分布を汽水域と淡水域で比較した.ゴクラクハゼの卵塊は,両水域から同程度の密度で発見されたものの,河川によって汽水域または淡水域のどちらかに集中する傾向にあり,塩分以外の局所環境要因や海までの距離が産卵場所の分布をより強く規定していると考えられた.スミウキゴリについては淡水域で産卵を行っているケースを発見できなかったことから,産卵場所として汽水環境を選好する傾向がゴクラクハゼよりも強く,汽水域の利用可能性が本種の繁殖に大きく影響する可能性が示唆された.次に,ゴクラクハゼを対象にして,繁殖期直前から様々な塩分条件下で成魚の飼育を行い,生殖腺の発達度を比較した.2ヶ月間の実験から,オスの体重に対する精巣重量は,淡水よりも汽水環境(塩分10,20)において有意に大きいという結果が得られた.一方,メスの体重に対する卵巣重量では塩分間で有意差が認められなかった.以上のことから,汽水環境が一部の繁殖生理パフォーマンスを向上させることが示唆された.これは,繁殖場所として汽水域の利用が制限された河川では,繁殖成功度が低下する可能性があることを示している.令和4年度に得られた,ゴクラクハゼが汽水域で産卵を行う場合,多くの個体は繁殖期前に淡水域から降河回遊を行うという結果も考慮すると,一部の通し回遊魚において,汽水域の利用可能性が繁殖成功度に影響しうることがわかってきた.汽水域は人為的に撹乱されやすいことから,環境改変がどのようなプロセスで通し回遊魚の個体群動態に影響するのか,さらに研究を進めていく必要がある.
すべて 2023
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Ichthy, Natural History of Fishes of Japan
巻: 34 ページ: 23~27
10.34583/ichthy.34.0_23