2022年度までの研究から、奈良公園および奈良市中山間地域のシカはキノロン耐性大腸菌やCTX-M産生大腸菌を保有しており、奈良公園のシカにおいてはこれらの耐性菌が個体群内で伝播していることが明らかとなった。2023年度には、これらの耐性菌について公衆衛生への影響をはかるため、WGS解析を行った。結果として、キノロン耐性大腸菌、CTX-M産生大腸菌ともに、ST38、ST58、ST117などのパンデミック系統が含まれていた。奈良公園シカ個体群内で高度に伝播していた系統は、腸管外病原性大腸菌、尿路病原性大腸菌、鶏病原性大腸菌として定義された。24の薬剤耐性遺伝子のうち、13の遺伝子は高リスクの薬剤耐性遺伝子に分類された。プラスミドが欠損していたCTX-M耐性大腸菌について、β-ラクタマーゼ遺伝子の存在箇所を解析した結果、β-ラクタマーゼ遺伝子はIS1380 familyによって染色体上に組み込まれたものと考えられた。高度に伝播していた株についてEnterobaseのデータベースを用いcgSNP解析を行った結果、奈良公園のシカから分離された株と最も近縁であったのは国内の汚水、人、鶏から分離された同系統の株であった。このことから、これらの系統については国内で何等かの伝播経路が存在する可能性が考えれた。研究期間を通した実績をまとめると、奈良公園および近隣山系のシカでキノロン耐性大腸菌やCTX-M産生大腸菌が分布しており、個体群間の伝播は認められないものの、奈良公園個体群内部では両方の耐性菌がクローナルに伝播していた。奈良公園のシカから分離された株についてWGS解析をすると、医療や獣医療で問題となり得る特性を持つことが明らかとなり、シカと人の接触を介した伝播を防ぐ方策の必要性が考えれた。
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