ヒトやマウスなど多くの哺乳動物は、5℃等の低体温状態ではその細胞や臓器に障害が生じ生存が困難となる。一方、冬眠する哺乳動物であるシリアンハムスター(以下、ハムスター)は、こうした低温でも生存可能な低温耐性を有するが、この低温耐性の仕組みは未だ殆ど不明である。先行研究により、ハムスターはビタミンEの一種であるα-トコフェロール(αT)を肝臓に高濃度に蓄積することにより、低温耐性を発揮することが分かってきた。しかし、ハムスターにおけるαTの蓄積や全身分配の分子メカニズムは不明である。αTはマウスやヒトでは、αT輸送タンパク質(alpha-tocopherol transfer protein: TTPA)に結合して肝臓中を輸送され、TTPAの膜脂質との結合により放出され、リポタンパク質に内封された形で血中に分泌されて全身の様々な組織に分配される。本研究では、ハムスターのTTPAの解析を通じて、αTの蓄積と分配の分子機構の理解を目指した。組換えハムスターTTPAやマウスTTPAを作製し、TTPAの分子的性質の比較検証を行なった結果、ハムスターとマウスTTPAでは多量体サイズが異なることが示唆された。また遺伝子ノックアウト個体における血中αT量への影響も検討した。さらに、αT分配の制御機構の理解を進めるため、オミクス解析(RNA-seq・脂質解析)を行なった結果、ハムスターは寒冷短日条件下でホスファチジルイノシトール(TTPAが結合する膜脂質種の元となる)の量が増加し、冬眠期に最も高くなることが分かった。さらに冬眠期のハムスターではリポタンパク質の分泌経路が亢進する可能性が示唆された。以上の点は、ハムスターにおけるαT蓄積と全身への分配に重要な可能性が考えられる。本研究の成果は、冬眠する哺乳動物であるハムスターが有する全身性の低温耐性機構の理解に貢献するものと期待される。
|