多くの生物において、「活動性」は、捕食者回避、交尾行動、社会性、個体群相互作用、群集構造など様々な生態学的事象の中心となる形質である。一方で、活動性には個体差が見られることから、活動性の高低にはそれぞれ利益とコストが存在することが予想される。しかし、活動性の個体差に対する進化生態学的な実証研究はほとんどない。そこで本研究では、全ゲノム情報が既知のモデル生物であるコクヌストモドキ(Tribolium castaneum)を対象として、先行研究によって育種された遺伝的に活動性が高い(H)系統と低い(L)系統を用いて、繁殖形質や生活史形質および標的遺伝子を選抜系統間で比較する実験を行った。その結果、捕食回避行動である死にまね行動に系統間差が見られ、死にまね時間はL系統の方がH系統よりも有意に長いことが明らかになった。また、雄の繁殖形質にも系統間で有意差が見られ、交尾成功度はH系統の雄の方がL系統の雄よりも高いが、受精成功度はL系統の雄の方がH系統の雄よりも高いことが明らかになった。このように選抜系統間でトレードオフが見られ、これは異なる活動性がそれぞれ集団内で維持される要因の一つである可能性を示唆した。さらに、歩行活性が遺伝的に異なる選抜系統を用いて次世代シーケンサーによるトランスクリプトーム解析を行い、有意に発現量が異なる遺伝子を調べた。その結果、系統間で発現量が異なる311個の遺伝子が明らかになった。さらに、リアルタイムPCRによって、NpF遺伝子がコクヌストモドキの歩行活性を制御する遺伝子であることが示唆された。
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