アルツハイマー病(AD)の発症機序の解明は臨床的に有効な治療薬同定に必須であり、社会的に要請の高い課題である。過去の研究では、家族性ADを引き起こす遺伝子変異を発現したマウスモデルが200種類以上作出され、ADの三大病理の一つであるAβ病理の再現は成功し、疾患修飾薬の開発などに貢献した。しかし、三大病理の残りの二つであるタウ病理と神経細胞死の再現はできておらず、ADの発症前(前臨床状態)を反映する動物モデルと一般に認識されている。すなわち、AD患者が神経内科医を受診する発症期の脳病態を反映する動物モデルは依然として存在せず、この動物モデルの不完全性はAD病態機序の解明やAD発症後にも有効な創薬開発の大きな障壁となっている。本研究計画では、ADモデルのタウ病理発症には脳内におけるタウの総量が不足していると考え、慢性腎臓病(CKD)を介したタウ総量の脳での増加を試みた。2023年度は、2022年度で確立したCKD惹起の方法を応用し、中齢と高齢の野生型マウスにアデニン添加食を摂餌させ、加齢依存的な腎機能や脳内のタウの蓄積・リン酸化への影響を探索した。その結果として、高齢マウスではより劇的な腎機能障害を示唆するデータが得られ、脳の解析ではタウのリン酸化の上昇が高齢マウスでのみ観察された。興味深いことに、CKD患者の血中ではタウの蓄積が報告されているため、本研究でも脳内でのタウ蓄積を推定していたが、そのような現象は今回確認できなかった。そのため、このタウのリン酸化の亢進はタウの蓄積に基づく結果ではなく、タウのリン酸化に関わるキナーゼ活性の亢進やホスファターゼ活性の減少などが原因と考えられる。一方で、CKD患者では血中のリン酸化タウの蓄積も報告されており、脳でのタウのリン酸化増加が血中タウのリン酸化にも影響を及ぼすことが示唆された。
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