肺がんは世界で最も患者数が多いがんである。治療には従来の殺細胞性抗がん剤の他、分子標的薬などが用いられているものの、依然として再発や転移が課題となっている。その原因として、「がん幹細胞」の存在が指摘されている。がん幹細胞は既存の治療法に対して抵抗性を持つことから、根治にはがん幹細胞の除去が重要だが、肺がん幹細胞の幹細胞性制御機構はほとんど明らかとなっていない。また、日本人の肺腺がん患者のうち約3割で原因遺伝子の特性が不明である。そこで本研究では、EGFR遺伝子に変異を持たない非小細胞性肺がんに着目し、in silico解析とin vitro実験を組み合わせることで、肺がん幹細胞の幹細胞性を制御する新たな因子の探索を試みた。EGFR変異を持たないヒト肺がん組織のシングルセルRNAシークエンスデータを公共データベースから入手し、遺伝子発現パターンをもとに肺がん幹細胞様細胞を抽出した。肺がん幹細胞様細胞と肺がん細胞との間で遺伝子発現差異解析を行ったところ、肺がん幹細胞で発現が顕著に上昇している遺伝子を複数発見した。このうち、Xが実際に肺がん幹細胞で発現が上昇しているかどうかを確認するため、EGFR遺伝子に変異を持たないヒト非小細胞性肺がん細胞株A549細胞を用いた実験を行った。既報から、A549細胞を無血清培地中で浮遊培養することで幹細胞としての性質を獲得することが知られており、実際に同様の実験を行うことで、通常(接着培養)のA549細胞と比較してがん幹細胞マーカーの発現が有意に上昇していることを確認した。続いて、肺がん幹細胞とがん細胞それぞれからmRNAとタンパク質を回収し、Xの発現を調べたところ、いずれでも肺がん幹細胞で有意な発現上昇が認められた。以上より、Xが肺がん幹細胞のマーカーとなりうることが示唆され、Xを標的とした新規治療薬の創製につながることが期待される。
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