研究課題/領域番号 |
22K20954
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小野 喬 東京大学, 医学部附属病院, 病院診療医 (80966010)
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研究期間 (年度) |
2022-08-31 – 2024-03-31
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キーワード | 網膜色素変性 / 網膜色素上皮細胞 / 視細胞 / リン脂質代謝 / コリン / ホスホリパーゼ |
研究実績の概要 |
中枢神経障害を伴う網膜色素変性症の一群において、脂質代謝酵素であるホスホリパーゼA2分子群のうち、PNPLA6(Patatin-like phospholipase domain containing 6)の遺伝子変異が関連し、PNPLA6-related disordersと総称されている。PNPLA6は網膜や神経系の恒常性の維持に重要な役割を担うことが想定されるものの、本酵素の基質や産物、細胞機能の制御機構についてはほとんど未解明であった。そこで本研究では、網膜におけるPNPLA6の機能を明らかにし、本酵素の変異に基づく網膜変性のメカニズム解明を目指した。 これまでに、PNPLA6は網膜色素上皮細胞においてホスホリパーゼB作用により生体膜リン脂質よりコリンを産生すること、およびタモキシフェン点眼・全身投与によるPNPLA6欠損マウスは網膜変性をきたすことを明らかにしてきた。切り出されたコリンは、網膜色素上皮細胞においてKennedy経路を通じて膜リン脂質の新輝合成に利用されると同時に、網膜色素上皮細胞から細胞外に遊離されることを明らかとした。さらに、網膜の視細胞は細胞外のコリンをコリントランスポーターを介して取り込み、コリン欠損条件では増殖抑制、形態学的異常、ミトコンドリア機能障害を呈することが明らかとなった。 2022年度は、本研究成果を(1)眼科分子生物学研究会(横浜)、(2)眼薬理学会(奈良)、(3)生化学会大会(名古屋)、(4)東京大学生命科学シンポジウム(東京)において発表し、(1)にて奨励賞、(3)にて若手優秀賞、(4)にて優秀ポスター賞を獲得した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
網膜色素変性症は、網膜色素上皮細胞や視細胞が障害される遺伝性網膜疾患であり、その一群は、脂質代謝酵素ホスホリパーゼA2ファミリーの一員であるPNPLA6の変異が関与している。我々は、網膜色素上皮細胞において、本酵素がホスファチジルコリン(PC)からホスホリパーゼB活性を介してグリセロホスホコリン(GPC)を遊離し、下流のコリンの生成に関与することを報告してきた。本年は、PNPLA6-choline経路による網膜の制御について解析した。網膜色素上皮細胞株ARPE-19において、PNPLA6をノックダウンすると、細胞内コリンの減少、呼吸関連代謝物やATP産生の減少とともに、ミトコンドリアの形態異常、細胞増殖や接着の異常が認められた。これらの細胞異常は、培地にコリンを補充することで改善された。コリンからPCのde novo合成に関与するKennedy経路の関連分子をノックダウンすると、PNPLA6ノックダウンと同様の増殖異常が観察された。ARPE-19 は PNPLA6 依存的にコリンを細胞外に放出することから、PNPLA6 による網膜色素上皮細胞から視細胞への細胞間供給が、視細胞の維持に重要であると推測された。タモキシフェン点眼により眼特異的に本酵素をノックアウトすると、網膜の菲薄化、網膜色素上皮細胞のミトコンドリア異常、視神経disc構造の変性とTUNEL陽性細胞の増加、光反応性の低下が認められた。この網膜変性は、コリンを点眼して補充することで正常化した。これらの結果から、PNPLA6は網膜色素上皮細胞のPCをGPCに分解する過程でコリンを産生し、膜リン脂質代謝を促進して、視細胞へコリンを供給することにより網膜色素上皮細胞および視細胞の恒常性を維持することが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
申請者は、リン脂質のde novo合成に関与する分子(PCYT1A、LPCAT1など)の変異が網膜変性と密接な関係があることが報告されていることに着目しており、今後は、リン脂質の分解と生合成のアンバランス性が網膜変性の主要因であることを明らかにすることを目指す。すなわち、(1)PNPLA6による網膜の恒常性制御の責任産物がコリンか、他の代謝産物かを検討する。また、(2)PNPLA6は網膜色素上皮細胞に高発現し、視細胞ではほぼ発現していないことから、網膜色素上皮細胞でPNPLA6依存的に生産されたコリンが細胞間相互作用により細胞外に放出されて視細胞に供給され、新しい膜リン脂質合成による視細胞機能制御に寄与しているかどうかを標識したコリンによるトレーシング実験で詳細に解析する。さらに、(3)膜リン脂質代謝の欠損は、酸化修飾された劣化リン脂質の蓄積をもたらすことから、酸化脂質による細胞死(フェロトーシス)がPNPLA6欠損に基づく網膜変性と関連しているかどうかを検証する。同時に、(4)新たに網膜色素上皮細胞特異的PNPLA6欠損マウスの眼を経時的に評価し、全身性PNPLA6欠損マウスと同様の網膜変性が起こることを証明する。膜リン脂質代謝が細胞レベルと同様に個体レベルで起こっていることをトレース実験と質量分析計で証明し、コリン投与による網膜変性症進行の予防効果を実験的に裏づける予定である。
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