研究課題
水圏環境において植物プランクトンが一次生産に果たす役割は重要であり、その生育を制御する要因を把握する必要がある。本研究では植物プランクトンにとって必須微量栄養素である鉄や高濃度になると毒性を示す銅の沿岸域における分布とその存在状態を明らかにする。特に水中の銅の有機錯体の変化に関係するプロセスを解明する。2022年度は岩手県大槌湾および流入河川において、2回のフィールド観測を行った。全溶存態銅・有機配位子分析のための海水試料を採取した。ニスキン-X採水器を用いるクリーンサンプリング法を適用して、金属の汚染のない海水試料を得ることができた。まず溶存態銅の分布を明らかにし、その供給源や除去過程を検討した。また、溶存有機炭素濃度を測定し、その分布を調べた。さらにカソーディックストリッピングボルタンメトリー(CSV)法、三次元蛍光光度法、吸光光度法を用いて海水中の腐植物質濃度を比較し、分析法の問題点についても検討した。CSV法によって測定された電気化学的に活性のある腐植物質については、銅の錯化容量を調べた。これまでに大槌湾で調べられている銅に対する有機配位子濃度、条件安定度定数から銅有機錯体濃度を計算し、腐植物質がどの程度寄与しているかを推定した。ここまでに得られた溶存銅の濃度分布、腐植物質の分布についての結果を取りまとめ、国際学術誌に投稿するための論文執筆を行なった。河口域での腐植物質の分布を見ると、河川水と海水の混合域において腐植物質が急速に除去されていることがわかる。三次元蛍光光度法によって測定された腐植物質は、陸起源腐植物質と海洋環境で生成された腐植物質に分けることができる。これらの画分濃度と銅錯化容量を比較することにより、銅有機配位子の生成過程を検討した。
2: おおむね順調に進展している
当初、2022年度は長崎県有明海においてもサンプリングを行う予定であったが、新型コロナウイルス感染拡大のため、長崎大学水産学部所属鶴洋丸による観測ができなくなってしまった。そこで、その代替として、東京大学大気海洋研究所国際・地域連携研究センター地域連携研究部門大槌研究拠点を活用し、岩手県大槌湾においてフィールド観測を秋に追加で実施した。この観測により、鵜住居川から大槌湾にかけて塩分変化の大きい河口域で水試料を採取することができ、研究を大きく進めることができた。一方、大槌湾と異なる陸域環境の水試料を採取することができなかったため、予定を変更し熱帯のマングローブ林の海域の水試料を測定することとなった。サンプルはすでに入手済みであり、今後分析を進め、大槌湾の結果と比較する予定である。これまでに採取した水試料の分析は順調に進んでいる。水中の溶存有機物について、有機炭素量、三次元蛍光スペクトル、吸収スペクトルのいずれも順調に取得できている。また、カソーディックストリッピングボルタンメトリー法による腐植物質の分析も順調に進んでいる。これらの結果をさらに詳しく解析することにより、沿岸域における銅の存在状態とその変化に関わるプロセスを解明することが期待できる。異なる河口域における水試料の分析結果と比較することにより、陸上植物起源の腐植物質による影響、河口域における微生物の活動によって生成される有機物の影響を評価することが可能になる。以上のことから本研究はおおむね順調に進んでいると判断した。
岩手県大槌湾の河口域でこれまでに採取した水試料の分析はおおむね終了している。これらの結果を取りまとめ、水中の腐植物質の分布と挙動、銅の有機錯体との関係について議論した原著論文を国際学術誌に投稿している。査読結果を見ながらさらに議論を深めていく予定である。また、国際的な会議に参加し、これらの結果を発表する予定である。現在は昨年度得た熱帯域のマングローブ林における水試料の分析を進めている。溶存炭素濃度、三次元蛍光スペクトル、吸収スペクトルを得て、溶存腐植物質の特性と分布を解明する。さらにカソーディックストリッピングボルタンメトリー(CSV)法により、水中の銅の有機配位子濃度と条件安定度定数を測定する。得られた測定値から銅の有機錯体濃度を計算し、その分布を明らかにする。また、CSV法による腐植物質の分析を進めていく。電気化学的に活性のある腐植物質の測定値から銅の錯化容量を推定し、銅有機錯体に腐植物質がどの程度影響を与えているかを明らかにする。これらの結果を取りまとめ、これまでに測定した大槌湾の結果と比較する。熱帯のマングローブ林と大槌湾流入河川では陸上の植生が大きく異なる。その違いが水中の溶存腐植物質にどの程度影響しているかを議論する。また、水温も大きく異なることから河口域で微生物が生成する溶存有機物も大きく異なることが予想される。これらの環境の違いが、銅の錯生成にどのような影響を及ぼすかを議論する。これらの結果を取りまとめ、国際学術誌に投稿すべく原著論文の執筆を行う予定である。
すべて 2023
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Limnology and Oceanography Bulletin
巻: 32 ページ: 16-17
10.1002/lob.10539