敗血症、歯周病、腸炎など末梢において炎症症状を呈する疾患では、中枢神経系疾患や精神疾患を併発するリスクが高い。末梢の炎症を引き起こす動物モデルとして、マウスへのリポ多糖(LPS)腹腔内投与が多くの研究で用いられてきた。LPS投与マウスでは、抑うつ行動や認知・記憶障害がみられ、ニューロン変性やグリア細胞の活性化が生じることが報告されている。一方で、LPS投与が神経炎症を誘発し、脳機能を損なうメカニズムについて、不明点が多い。また、多くの先行研究では急性炎症期に行動実験を行っているため、全身症状がその結果に影響した可能性がある。そのため、本研究ではLPS投与後、全身症状回復後に行動試験を行い、病態を組織・分子的な観点から明らかにすることを目的とする。 全身症状および自発行動量が回復したLPS投与7日後に新奇物体探索試験を行ったところ、新奇物体の探索割合が減少した。LPS投与24時間後の血漿および全脳サンプルを用いてLALテストを行ったところ、LPS活性の増加がみられた。またLPS投与3日後、顕著にグリア細胞が活性化し、ミクログリア特異的貪食マーカーCD68の蛍光強度が増加した。LPS投与7日後、ニューロン活性化マーカーc-Fos陽性細胞の密度が減少し、未熟な樹状突起スパインの割合が増加した。一方で、ニューロン特異的マーカーNeuN陽性細胞の密度や、Fluoro-Jade Cを用いた変性ニューロンの蛍光は、変化が見られなかった。LPS投与後の短期記憶障害のメカニズムとして、活性化したミクログリアが樹状突起スパインを貪食し、シナプス強度を低下させ、ニューロンの活性化を抑制した可能性が示唆された。今後の課題として、脳内で増加したLPSがグリア細胞の活性化に影響しているかどうか検討する必要がある。
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