研究課題/領域番号 |
22J10565
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
遠藤 優 北海道大学, 理学院, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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キーワード | 分散の性差 / 集団動態 / 遺伝子流動 / 交雑 / ヒグマ / ゲノム / ユーラシア大陸 / 北海道 |
研究実績の概要 |
本研究は、オスに偏った分散をするヒグマを対象に、分散様式の性差が生物の集団形成にどのような影響を及ぼすのか評価することを目的としている。そのために、個体群内、個体群間という2つの異なる空間スケールを対象にゲノム解析を実施し、遺伝子流動の規模と、分散様式の性差を含めた遺伝子流動に影響を与える要因との関連性を明らかにする。 まず、オスに偏った分散が個体群内の集団構造にどのような影響を与えるか明らかにするため、北海道のヒグマ49個体を対象にddRAD-seq法によって得られた変異情報から、常染色体およびX染色体を対象とした集団解析を実施し、遺伝様式の異なる領域間で結果を比較した。核ゲノムではオスに偏った分散により遺伝的均一化が進行する一方、地域間で遺伝的分化の度合いにおいてわずかに違いがあることが明らかになった。またこの違いが生じた要因として、最終氷期最盛期前後に起こったボトルネック及び生息適地の減少、低地による分布拡大の制限があることが示唆された。これらの結果から、オスに偏った分散は、一度縮小した個体群において、数千年程度というわずかな期間で集団形成を促進するはたらきがあるといえる。 次にオスに偏った分散が個体群間の違いに与える影響を明らかにするため、ユーラシア大陸のヒグマ7個体を対象に全ゲノム解析を実施した。ユーラシア大陸中央の一部地域において、固有のミトコンドリアDNAハプロタイプが確認される個体群は、核ゲノムでも他の個体群と遺伝的に異なることが示された。また近縁種ホッキョクグマとの交雑を推定したところ、X染色体では北米の一部地域でしか交雑の痕跡が確認されない一方、常染色体では北米以外の広範な地域において交雑の痕跡が確認され、地理的に不連続な地域で残っていることが示された。これらの結果から、オスに偏った分散の規模によって、個体群ごと集団史に違いが生じていると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず個体群の集団形成に与える影響を検証するため、北海道のヒグマ49個体を対象にddRAD-seq解析を実施した。得られたゲノムデータを用い集団構造解析を実施したところ、北海道のヒグマ個体群は遺伝的均一化が進行し、すべての集団間でオスに偏った分散が確認された。一方で、渡島地方と石狩地方を含めた道南地域とその他の地域で遺伝的特徴が異なるなど、遺伝的分化の度合いが地域間でわずかに異なることも示された。また環境要因との関連性を検証したところ、北海道のヒグマ個体群は、道南地域の北側に位置する石狩低地帯をはじめ低地が分散の抵抗となっており、最終氷期最盛期の前後でボトルネックと生息適地の縮小を経験したことが推定された。以上の結果から、北海道の個体群は最終氷期に生息適地の減少により個体数が減少したものの、その後個体数を回復させ、オスに偏った分散によって現在の集団構造を形成したと考えられる。これらの結果は現在論文としてまとめている。 また、ユーラシア大陸およびその周辺地域のヒグマ個体群の違いを明らかにするため、全ゲノム解析を実施し、それぞれの個体群の集団史を推定した。ユーラシア大陸の一部地域に固有のミトコンドリアDNAハプロタイプが確認される個体群は、核ゲノムでも他の個体群と遺伝的に異なることが示された。また近縁種ホッキョクグマとの交雑を推定したところ、X染色体では北米の一部地域でしか確認されない一方、常染色体では広範な地域で交雑の痕跡が確認された。これらの結果から、オスに偏った分散の規模によって、個体群ごとの集団史に違いが生じていると考えられる。この結果は国内学会で発表するとともに、成果が認められ1件の受賞に繋がった。 以上は当初の研究計画通りに進行しており、得られた成果は学会で発表するとともに論文としてまとまる見込みが十分にあることから、おおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の研究により、オスに偏った分散が、ヒグマ個体群の遺伝構造および個体群間の集団動態の違いにもたらす影響ついて明らかにすることができた。同種内の遺伝的特徴の違いが、分散様式の性差によってもたらされていることが示唆され、集団形成史における分散様式の性差の意義を見出すことができた。今後はホッキョクグマとの交雑パターンの形成過程と、常染色体とX染色体の遺伝的特徴の違いの2点から、分散様式の違いが集団動態に及ぼす影響について明らかにしていく。 まずホッキョクグマとの交雑については、交雑の痕跡が地理的に不連続な地域で残る要因を明らかにするため、複数の個体群動態モデルによるシミュレーション、交雑の痕跡が残る領域の特定、種分布モデリングによる2種の生息適地の変動により、オスに偏った分散と環境要因がいつどのように作用したことで、現在の交雑パターンが形成されたかを明らかにする。また交雑の痕跡がある領域で選択的一掃が作用しているかを検証し、交雑の生態学的意義について考察する。 上記と並行し、個体群間の分化がオスに偏った分散によってもたらされるのかを検証するため、常染色体とX染色体の遺伝的特徴の違いについて明らかにする。それぞれの個体群間で、常染色体とX染色体の塩基多様度、遺伝的分化度を算出し、それぞれの指標ごと常染色体の値とX染色体の値の比を算出する。単独性で性比や寿命の性差に偏りがないヒグマの場合、期待値と比較することで、オスに偏った分散の影響を評価することができる。オスに偏った分散がどの個体群間でよく起こっている、もしくは起こっていないのかを明らかにする。オスに偏った分散の影響の違いを明らかにすることで、集団動態においてどのような条件のときオスに偏った分散の影響を受けやすいのかを推測する。
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