本研究では、近年の南極氷床の質量損失を駆動する氷河流動加速のメカニズムを解明するために、氷河の現地観測と衛星観測を実施した。衛星観測では、過去20年間に取得された人工衛星データを解析し、東南極リュツォ・ホルム湾に流入する5つの氷河で、氷河流動速度、末端位置、表面標高の経年変化を定量化した。その結果、2016年に発生した定着氷流出の後に、大規模な末端後退、流動加速、表面標高の減少が観測された。また、接地線付近で観測された表面標高変化は、流動変化で生じた氷の鉛直歪みの変化と整合することが明らかとなった。以上の結果は、東南極の氷河流動が、海氷の有無に起因する末端付近の応力変化に反応して変動し、氷床質量の変化を引き起こしたことを示す。この成果をJournal of Glaciology誌に出版した。 現地観測では、熱水を用いた氷掘削技術によって、流動が発生する氷河底面の直接観測を行った。加速度計と水圧計を搭載した新たな測器を開発し、氷河底面水圧と底面流動に伴う振動を測定した。その結果、激しい氷融解や降雨があった際に氷河底面水圧が上昇し、流動が短期的に(1週間程度)加速したことが判明した。この流動加速が生じた際には、氷河底面の加速度計で測定した振動イベント数に増加がみられ、活発な底面流動が示唆された。本結果は、南極の氷河において、表面で生じた水が底面へ流入し、底面水圧上昇と流動加速が起きることを示す初めてのデータである。 本研究によって、海氷の消長による氷河末端の応力変化が経年的な氷河流動変化を引き起こしたことが判明した。また、氷河底面での直接観測によって、 表面水の底面流入を発端とする水圧上昇による滑りの促進が、南極の氷河の短期流動加速の要因となることを解明した。以上の成果は、リュッツォ・ホルム湾における氷河変動の定量的理解に資するとともに、南極氷床における溢流氷河の変動メカニズムに新たな知見を与える。
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