光が届かない地下環境へ進出した昆虫は、一般的に複眼や体表面の色素が退化している。このような地下性昆虫は数千種ほど存在すると見積もられているが、遺伝子の退化について明らかにされた例は数少ない。そこで本研究課題では、日本各地の地下環境に生息するチビゴミムシ類(昆虫網;甲虫目;チビゴミムシ亜科)に着目し、視覚に関わる遺伝子が退化しているかについて明らかにすることを目的とした。2022年度は、地表に近い地下浅層に生息し、著しく縮小した複眼を持つズンドウメクラチビゴミムシを対象に、光受容タンパク質をコードするopsin遺伝子の有無や選択圧について調べた。その結果、ズンドウメクラチビゴミムシは、長波長オプシン遺伝子と紫外波長オプシン遺伝子を保持し、それらの遺伝子は機能的な制約を受けていることが示された。2023年度は、独立に洞窟へ進出したと考えられ、複眼を消失している2種:アシナガメクラチビゴミムシとヒラケメクラチビゴミムシを対象に,視覚に関わる遺伝子24個を調べ、偽遺伝子化について判定した。その結果、洞窟性チビゴミムシ2種では、opsin遺伝子などの光受容遺伝子や、cardinal遺伝子などの複眼の色素合成遺伝子が共通して退化していることが分かった。このような共通した遺伝子の退化が生じた要因として、それらの遺伝子は複眼のみで働くのか、複眼以外の組織でも働くのかといった多面発現の影響があると考えた。そこで、モデル生物の各組織における遺伝子発現量の情報から多面発現の程度を表す指標を算出したところ、洞窟性チビゴミムシ類で退化している遺伝子は多面発現の程度が小さいことが分かった。本研究課題により、洞窟性チビゴミムシ類では視覚に関わる遺伝子が退化しており、独立に洞窟へ進出した系統であっても、多面発現の影響によって同じ遺伝子が退化したことが示唆された。
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