本研究は,海棲哺乳類の時空間分布とそれに影響する環境要因を明らかにすることを目的とした.2023年度は,5月に羅臼にて受動的音響モニタリングのための音響記録計の回収を行った.目視調査解析では,ある程度の発見があった種を対象にMaxEntによる種分布モデルを作成した.その結果,ヒゲクジラ類は主に半島の西部に,マッコウクジラやシャチなどは半島周辺で分布確率が高い傾向が示された.この要因として水深や海底傾斜などの地形が影響している可能性が示唆された.また,計量魚群探知機による調査から,プランクトンの反応を示す120 kHzの周波数,魚類の反応を示す38 kHzの周波数ともに知床半島周辺で大きな反応が見られ,分布に影響している可能性が考えられる.受動的音響データの解析では主に半島東部の羅臼側の記録を対象にシャチ,クラカケアザラシ,カマイルカを対象に転移学習による自動検出を試みた.クラカケアザラシは比較的高精度での検出ができているが,シャチやカマイルカの検出精度には課題が残る.クラカケアザラシの鳴音出現と羅臼の位置する根室海峡内の海氷の分布を比較した.クラカケアザラシの鳴音は先行研究と同様に海氷がみられる時期のみに確認され,大きな年変動がみられ,海氷の減少がクラカケアザラシの分布に影響を及ぼすことが懸念された.半島西部のウトロ側の記録はハクジラ類のクリックス音を対象に教師なし学習による自動検出,分類に取り組んだ.分類精度を向上させることが課題であるが,夏期にマッコウクジラやシャチが高頻度で半島西部を利用していることが確認された.この結果は,両種が半島の両岸で分布確率が高いと示された種分布モデルの結果と一致する.半島西部では海棲哺乳類の観察例はほとんどなかったがこのデータはこれらの情報の欠落を補完するものとなることが期待される.
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