研究課題/領域番号 |
22KJ0115
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配分区分 | 基金 |
研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
張本 尚 北海道大学, 大学院総合化学院, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2023-03-08 – 2025-03-31
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キーワード | キノジメタン / カチオン / 色素 / アセン / レドックス特性 / ドミノレドックス反応 / 近赤外吸収 / エレクトロクロミック分子 |
研究実績の概要 |
本研究に先立って、パラキノジメタン(p-QD)誘導体を分子内に二つ縮合したビスキノジメタン(BQD)誘導体の特異なレドックス挙動を明らかにし、アセン構築とその構造制御に電気化学的刺激が有効であることを実証している。p-QDユニット間に立体反発をもたらしてレドックス挙動の変調を目指すために、これまで報告してきたBQD骨格におけるp-QDユニットの架橋スペーサーを、剛直なベンゼンから非平面ジチインへと置き換えたジチインBQD誘導体を新たに設計した。電気化学的測定より、オルト置換基を有する2-クロロ-4-メトキシフェニル基を有する比較化合物では、一波四電子の酸化波と還元波が大きく分離したボルタモグラムが観測され、先行研究のアントラキノジメタン(AQD)誘導体と類似の動的酸化還元挙動を示した。一方、4-メトキシフェニル基を有する誘導体では、室温(298 K)で可逆な一波四電子の酸化還元過程が観測され、より酸化されやすいねじれ構造をもつ状態の存在が示唆された。この仮説を検証するために、低温(195 K)で測定を実施したところ、酸化電位の劇的な高電位シフトが生じ、酸化波と還元波の大きな分離が観測され、低温下では酸化されにくい折れ曲がり構造が支配的に存在することが示唆された。量子化学計算や温度可変NMR測定などにより、この温度依存的な酸化還元挙動を詳細に調査した結果、一方のQDユニットの二電子酸化がトリガーとなり、隣接する折れ曲がり構造をもつQDユニットがねじれ構造へと変化するというドミノ過程が誘起され、後続の二電子酸化が促進されることを見出した。従って、分子構造の柔軟かつ劇的な変化によるHOMO準位の連続的制御により、クーロン反発の影響を受けることなく多電子酸化を駆動可能なドミノレドックス反応を初めて実証した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までに、QD型レドックス系において、オルト置換基の立体効果や電子供与性の異なる二種類のエレクトロフォアの導入などにより、そのHOMO/LUMO準位と対応する分光学的・電気化学的特性を緻密に制御可能であることを見出した。加えて、これらのカチオン状態とのレドックス相互変換により近赤外吸収のスイッチングを実現した。近赤外領域の吸収特性を変調可能な有機エレクトロクロミック分子の報告例が限られており、分子内に含まれるアセン構造を電気化学的刺激により制御することで、エレクトロクロミック材料やイメージングプローブ、センサー材料などへの応用も期待される。 さらに、骨格の柔軟性を増加したBQD誘導体において、分子構造の柔軟かつ劇的な変化によるHOMO準位の連続的制御が可能になり、クーロン反発の影響を受けることなく多電子酸化を駆動するドミノレドックス特性を発現することを見出した。新規誘導体は温度変化によって多電子輸送特性を制御可能なことから、ドミノレドックス反応を利用した材料開発への展開が期待される。
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今後の研究の推進方策 |
独自に開発した電気化学的手法およびオルト置換戦略に対して、クーロン反発を克服する分子設計を組み合わせることで、オリゴカチオン性高次アセンの容易な生成とそのさらなる安定化が可能になると予測される。また、置換基の非対称化により、電荷が分布するユニットを制御可能であるという新たな知見に基づき、中間のカチオン状態を起点にした高次アセンへの誘導を検討する。さらに、p-QDユニットの連結様式を変調することで、類似のBQDモチーフから得られるレドックス状態の構造の多様化を検討する。これにより、電荷の有無を問わず種々のアセン骨格へのアクセスが可能になると予測される。 以上より、改良した独自の分子設計に基づいて構築した新規OQD誘導体の化学的酸化により、更にπ拡張された高次アセンを高収率かつ安定に単離する。この手法により得られた高次アセン誘導体は、特異な環境下でなくても安定に取り扱えると予想され、レドックス応答により構造及び物性を自在に変調可能な化学種として多様な研究展開へと活用する。
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