研究課題
反強磁性ワイルセミメタルは反強磁性体であるにも関わらず強磁性体の輸送特性を示すため、多くの注目を集めている。本研究では、反強磁性ワイルセミメタルのスピン物性を明らかにし、それを工学的に利用して新たな新規デバイスを創出ことを目的とする。そのためには、薄膜の作製が不可欠となり、本年度は高品質薄膜の成膜技術を確立することを目的とした。特に反強磁性ワイルセミメタルの中でMn3Snという材料に注目した。高品質薄膜の成膜技術を確立するために、様々な成膜条件及びMn-Sn組成でMn3Sn薄膜の磁気・輸送特性の評価を行った。その結果、Mn3Sn薄膜は成膜条件やMn-Sn組成によって磁気構造及び輸送特性が敏感に変わることが分かった。より細かな調整によってバルク状態のMn3Snに準する大きな異常ホール効果を観測することができ、高品質薄膜の成膜技術を確立することができた。また、低温では輸送特性が大きく変化し、それは磁気構造の相変異や電子構造の変化に起因すると考えられる。本研究内容は、AIP Advanced誌に掲載され、招待講演で1回、国際学会で4回、国内学会で1回発表を行った。また、この高品質薄膜を用いて、Mn3Snの非共線磁気構造に働くスピン軌道トルクの機構を究明することができ、非共線磁気構造が注入されたスピンによって永遠に回転するという新たな機能性も発見した。本内容はNature Materials誌に掲載され、招待講演で2回、国内学会で1回発表を行った。更に本薄膜の構造では磁気カー効果より局部的な磁気構造も観測でき、Mn3Snの磁区を初めて観測できた。本内容はApplied Physics Lettersに掲載され、国内学会で2回発表を行った。
2: おおむね順調に進展している
高品質のMn3Sn薄膜の成膜技術を確立したという点で重要な成果を出したと考えられる。また、その薄膜を用いて今まで観測されなかった非共線磁気構造の回転という新たな現象も観測することができた。これより本研究で作製したMn3Sn薄膜を用いることで更なる新たなスピン物性を解明することができると思い、新規デバイスの創出にも一歩進んだと考えられる。しかし、Mn3Snの磁気トンネル接合(MTJ)に関する内容は当初に目的としていたところまで達成できなかったため、「おおむね順調に進展している」と自己評価する。
今後の研究の推進方策としては、従来の予定より少々計画を変更するつもりである。まず、Mn3Snを用いたMTJでトンネル磁気抵抗(TMR)の観測は期待していた結果が得られなかったため、引き続きその原因について調べる。次に、Mn3Snの非共線磁気構造に働くスピン軌道トルクについてより詳細に調べたいと思う。マサチューセッツ工科大学のLuqiao Liuグループでは共線反強磁性体に働くスピン軌道トルクについて定量的に評価しており、そのグループと共同研究をすることで、非共線反強磁性体の場合について定量的に評価する。既にスピンの注入によって非共線磁気構造が回転するという新たなスピン物性が明らかになったため、その機構を定量的に評価し、新規デバイスの創出にその基盤を構築するという面で重要な意義があると考えられる。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (13件) (うち国際学会 8件、 招待講演 3件) 産業財産権 (1件)
Applied Physics Letters
巻: 120 ページ: 172405~172405
10.1063/5.0089355
AIP Advances
巻: 11 ページ: 065318~065318
10.1063/5.0043192
Nature Materials
巻: 20 ページ: 1364~1370
10.1038/s41563-021-01005-3