本研究では,虚血性心疾患の進行度の非侵襲的かつ定量的な評価を目指し,心筋収縮特性の超音波局所計測法の開発に取り組んできた.心筋収縮特性は心筋の厚み変化速度 (strain rate: SR) に基づき計測されてきた.従来の心筋 SR の超音波計測法では,心筋の瞬時変位によって生じる受信超音波信号の遅延を中心周波数成分における位相差から推定し,その瞬時変位から SR を算出していた.しかし,この従来法は,心臓超音波計測における,生体組織内伝播時の周波数依存の減衰,受信信号における多数の心筋線維からの散乱波の干渉,この干渉状態が心筋の厚み変化によって変化する影響に対して脆弱であったため,超音波位相差の空間的な平均操作により計測精度を補償する必要があり,局所的な計測が困難であった.本研究では,受信信号に含まれる複数の周波数における位相差を用いて心筋 SR を推定する高精度な計測法を提案し,空間的な平均操作を必要としない局所的な計測を実現した.さらに,心筋 SR の推定値の信頼性を定量化する手法を開発し,信頼できる推定値の抽出をおこなった.上記の提案法を用い,健常者の心臓壁の貫壁方向の各心筋層で局所的に収縮特性を計測したところ,心臓内で電気的興奮が伝導する時相において各心筋層で異なる収縮特性が得られた.これは,心臓壁の心筋シート構造を反映していると考えられ,局所性の低い従来法では計測することができなかった.提案法により,健常者および虚血性心疾患患者の収縮期における心筋収縮機能を評価したところ,後者では虚血性心疾患の進行度に応じて各心筋層の収縮機能が低下していた.これは,心筋虚血が拡がる貫壁方向において提案法による心筋収縮機能の局所評価ができたためと考えられる.以上のように,虚血性心疾患の進行度の定量評価における提案法の有用性が示唆された.
|