研究課題/領域番号 |
22J13615
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
川浦 正之 東北大学, 工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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キーワード | トライボロジー / 反応分子動力学 / シミュレーション / 摩擦化学反応 / セラミックス材料 / 金属材料 |
研究実績の概要 |
これまでに開発してきた化学反応を扱う摺動シミュレーションの手法を活用し、炭化ケイ素の摩擦界面における自己修復メカニズムの解析を行った。炭化ケイ素は水環境中において潤滑油なしで摩擦係数0.01以下の超低摩擦状態を継続的に発現することから、潤滑油フリーの摺動材料として注目されている。摩擦時に水分子と炭化ケイ素が化学反応を起こすことによって生じるトライボ膜が低摩擦をもたらす要因であると考えられているが、実験によって摩擦中の界面を原子レベルで観測することは困難であった。そこで本研究では、化学反応を扱う分子動力学シミュレータを用いて、炭化ケイ素の水環境中の摩擦によって生じる化学反応のシミュレーションを行った。その結果、摩擦界面において継続的にケイ素由来の潤滑膜が生成されるのと同時に、炭素由来の硬質膜が摩擦界面に生成されるメカニズムを明らかにした。これは潤滑油フリーの摺動部材の開発に向けた重要な知見となると考えられる。 また、従来の摺動シミュレーションを発展させ、金属材料による摩擦をターゲットとした研究を実施した。レーザーテクスチャリングによる表面加工がなされたアルミニウム基板は摺動中に表面の結晶構造が変化し、潤滑油中の添加剤との化学反応を促進することで低摩擦化・長寿命化につながると考えられている。この結晶構造変化のメカニズムの解明のため本研究では、約100万原子を扱った大規模な摺動シミュレーションを実施した。その結果、表面のテクスチャにはアルミニウム基板中の転位密度を増加させることによって、基板の硬度を上昇させる作用があることがわかった。また、局所圧力の上昇をもたらすことによって結晶粒成長を促進することが明らかとなった。今後この成果は、自動車等の摺動部材の開発に活かされることが期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は当初の計画通り、水環境中における炭化ケイ素のトライボ膜の自己修復メカニズムを解明するため、これまでに開発してきた反応分子動力学法シミュレータを用いて、摩擦化学反応によって生じるトライボ膜形成プロセスの解析を行った。その結果、摩擦により水分子と炭化ケイ素の化学反応が誘起され、ケイ素由来の高粘度の潤滑膜が生じることが分かった。さらに、この潤滑膜が摩擦界面の接触を抑制することによって摩擦係数の低減をもたらしていることがわかった。また、表面に残存した炭素原子によって、炭化ケイ素表面に硬質膜の形成がなされ、高圧力下における基板間の凝着を抑制することで低摩擦化に寄与していることがわかった。この硬質膜は、炭化ケイ素と水分子の反応によってケイ素原子が基板表面から脱離することによって、摩擦界面において連続的に形成されることを明らかにした。これらの成果は国際学会「7th World Tribology Congress」および「TRIBOCHEMISTRY2022」で発表した。 また、本年度は当初の計画通り、従来、セラミックス材料の摺動計算を対象として用いてきた反応分子動力学法シミュレータの適用範囲を、セラミックス材料の摺動計算のみならず、金属材料の摺動計算にも適用することによって、鉄/アルミニウム摩擦界面の摺動計算を実施した。本研究ではアルミニウム表面のテクスチャが基板の結晶構造変化に与える効果を解析するため、約100万原子を扱った大規模な摺動計算を行った。その結果、アルミニウム基板に形成されたテクスチャは基板内部の転位密度を上昇させる作用があり加工硬化を促進する効果があることを明らかにした。また、テクスチャが摩擦界面の局部圧力の上昇をもたらすことで、結晶粒成長を促進させ表面の変質をもたらす効果があることを明らかにした。以上より、研究はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる次年度は、下記の計画に基づき研究を遂行する。 (1)開放境界条件を実装した分子動力学シミュレータを活用:炭化ケイ素の水環境中の摺動を扱った研究において、摺動中に水分子が反応によって枯渇することで、トライボ膜の摩耗量のデータを得る前に、自己修復プロセスが中途で終了してしまうことが問題となった。そこで、開放境界条件を実装した新規の分子動力学シミュレータを活用し、摩擦界面に水分子を連続的に供給することで、従来では困難であった長時間の摺動シミュレーションを実施し、摩耗を伴った自己修復のメカニズムの解明を行う。 (2)1億原子系におけるトライボ膜の形成・摩耗プロセスのメカニズムの解明:摺動による金属材料表面の結晶構造変化の解明のため100万原子系の摺動計算を実施してきた。しかし、メゾスケールで生じるトライボ膜の形成メカニズムを解明するためにはさらに大規模な計算が必要となる。そこで次年度は、計算の高速化を行うことにより、1億原子系のシミュレーションを実施し、メゾスケールのトライボ膜の形成・摩耗プロセスのメカニズム解明を行う。 (3)トライボ膜の摩耗と自己修復のバランスの予測式の作成:自己修復現象を工学的に活用するためには、自己修復現象をターゲットとしたトライボ膜の形成と摩耗のバランスを導く予測式が必要である。そこで、開放境界条件を実装した長期間の摺動計算および、1億原子系での金属材料の摺動計算から得られる、トライボ膜の形成・摩耗プロセスのデータを基に、トライボ膜の摩耗と自己修復のバランスの予測式の作成を行う。 以上のように、従来の反応分子動力学シミュレーションの適用範囲について、新規のアルゴリズムの導入によって時間スケールを、計算の高速化によって空間スケールを拡張し、トライボ膜の形成・摩耗のメカニズムの解明を行う。
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