本研究は、以下の2点を目的として設定している。1つ目の目的は、有酸素性運動がヒト脳内相互作用に与える影響を明らかにすることである。2つ目の目的は、ヒトとヒトがもたらす脳間相互作用と、他者と行う運動による効果の関係性を明らかにすることである。これらの目的達成のために3つの脳相互作用の解明を課題として挙げている。①脳領域間相互作用、②脳ネットワーク間相互作用、③脳間相互作用、である。①と②については、一過性有酸素性運動前後の脳活動を機能的磁気共鳴イメージング (fMRI) にて測定し、領域間の機能的結合あるいは効率的結合を解析することで検討する。③については、一過性有酸素性運動に「社会性暴露」の条件を付加することで運動効果が変調するか、そして運動効果の変調に生じる個人差およびその要因を検討する。 当該年度は、運動がもたらす脳ネットワーク変調の起点となりうる脳幹青斑核の活動を反映する指標として瞳孔径に着目し、運動時の動態やその意義について明らかにした。具体的には、運動時に生じる瞳孔応答の程度は心理的な覚醒レベルの上昇と関連しており、さらに、特殊なMRI測定方法である神経メラニンイメージングから得られた青斑核の構造的特性と関連することを明らかにした。これは、運動時の瞳孔拡張が青斑核と関連している可能性を間接的に示す初めての知見であり、運動中に青斑核が活性することを示唆するものである。また、記銘後におこなう運動中の瞳孔応答が、24時間後の記憶定着の改善程度を予測することを示し、運動中の瞳孔拡張の大きさは、海馬が担う記憶機能改善と関係することを明らかにした。以上より、運動が青斑核を起点とする上行性覚醒系を活性させ、その投射先である海馬などの広範な領域の活動を高めることでヒトの認知機能を改善させるという、脳ネットワークの変調を想定させる成果を得た。
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