動物は様々な行動を時に開始し時に停止することで、変化し続ける環境において最適なふるまいを実現する。これまで行動を開始する神経メカニズムは様々な実験系で明らかにされてきたが、行動を停止するメカニズムはほとんど理解されていない。そこで、本研究は、行動を停止するメカニズムを解析するために、ショウジョウバエ幼虫の逃避行動の制御をモデルとした。ショウジョウバエ幼虫は強い機械刺激などの侵害刺激を侵害受容ニューロンにより受容すると、即座に回転運動を開始するが、数秒後に回転運動を停止して高速前進運動を開始する。本年度においては、我々が同定した、ショウジョウバエ幼虫の中枢から末梢へと情報を伝えることにより回転運動を抑制するニューロン群(SDGs)が逃避行動を制御する仕組みをまとめ、海外学術誌(Nature Communications)へ発表した。さらに、研究計画の通り、カルシウムイメージング法や、光遺伝学、熱遺伝学を用い、回転運動停止の制御メカニズムに迫る中で、逃避行動が生理状態に応じて柔軟に変化する神経基盤の実態を掴むことができた。具体的には、本研究において確立した行動実験法を用い、SDGsの神経活動を抑制し、その上で幼虫に糖を再摂食させたところ、糖の再摂食依存的な痛覚抑制が見られなくなることがわかった。 本研究により明らかになったSDGsは、多様な感覚情報を統合する脳領域に存在するため、個体の栄養状態に限らず、外的環境への応答も含めて痛覚制御を担う可能性が示唆される。また、ハエのSDGsの機能がヒトの痛覚制御系の一部と類似していることから、本研究は疼痛治療法や鎮痛薬の新規開発に寄与する可能性がある。
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