海洋環境が急速に変化している西部北極海において、炭素循環を駆動する細菌群集の組成や多様性の変動については不明な点が多く、また細菌群集を取り巻くウィルス感染や捕食に関する研究例はほとんどない。本研究では、西部北極海における細菌群集の組成の時空間的分布および時系列変化の調査およびデータ解析を行い、調査海域の細菌群集組成の変動を明らかにした。また、細菌群集の動態に対するウィルス溶菌圧の影響についての理解を深化させた。具体的には以下の調査、解析、および実験を行った。西部北極海における、細菌リボ核酸の時空間分布を解析した結果、浮遊性および付着性のサイズ画分の違いにより、西部北極海の細菌群集組成が顕著に異なることが明らかになった。サイズ画分の違いによる細菌群集組成の違いが西部北極海の広範にわたり見られたことは初めての知見である。また、西部北極海の細菌群集と北極海の入り口にあたる太平洋ベーリング海の群集とでは群集組成が異なることが明らかになり、その違いに太平洋ベーリング海に生息するピコ植物プランクトンが影響していることが新たに示唆された。この新知見は、気候変動による北極海の環境変化が細菌群集の組成および分布に及ぼす影響を議論する上で非常に重要な知見である。実験的な研究としては、北極海においてウィルス感染は細菌群集動態の支配要因の一つであるが、有機凝集体などに付着する付着性細菌に感染するウィルスの溶菌圧を評価する方法は確立されていない。そこで、凝集体に付着する細菌およびウィルスの分離、およびウィルスの生産速度を定量化する新たな手法の検討を行い、付着性細菌群集の動態に対するウィルス溶菌圧の影響を評価する実験を実施した。この実験により、重要な基礎データを得ることができた。
|