分子モーターの理論的な合理デザインを目指して、特に微小管上を運動するダイニンとキネシンに注目した。本研究では、既に高分解能の構造が獲得されていた細胞質ダイニンについて先に取り組む事となった。ダイニンの分子内構造変化や二足歩行様式について、私の先行研究で既にある程度明らかにしていたが、本研究に取り組むことで、ダイニンのみならず、その歩行運動の土台となる微小管からの影響についても深く考察する機会を得た。ダイニンの運動において、その主たる力発生はAAA1というドメインのATP加水分解によって実現されるが、このAAA1と微小管は約25nmも離れており、その運動に微小管の構造状態がどのように影響するのかは未知な部分も多く存在していた。分子動力学計算やモンテカルロ計算など理論的な手法を用いることで、実験では観察困難な時空間分解能で運動を表現・解析することが出来た。また、観察対象は微小管上を運動するモーターに留まらない。特に、膜タンパク質であるFoF1 ATPaseに関して、その運動機構解明はもちろんのこと、仮想的にFo構造の回転対称性を複数設定し、それらの機能検証を理論的に行なった。これは、実験ではまだ確認されていない事象の表現と実験であり、私が行いたい分子モーターの合理デザインの第一歩となった。F1モーターは多くの種で3回対称性を有する。その一方で、Foモーターは種によって、8~20、それ以上の幅広い回転対称性を有する。この対称性の違いは膜電位など環境によるプロトン駆動力の違いをうまく反映していると考えられているがその具体的な検証はなされていない。その大きな理由の一つが、まだ、10回対称のFoモーター以外の構造があまり獲得されていないためだ。幅広く、そして実験では観測困難な対象について、計算機実験によるアプローつが有用であることも確認することが出来た。
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