研究課題/領域番号 |
21J20400
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
中村 友哉 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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キーワード | 心理物理学 / 視知覚 / 視覚的意識 / 傾き処理 / 文脈変調 / 時間発展 / 時空間相互作用 / 内的表象 |
研究実績の概要 |
先行する視覚刺激の気づきを後続の刺激が妨害する逆向マスキングを用いた様々な研究によって、外界の視覚刺激が意識に上るまでには一定の微小時間をかけた内的な情報処理が必要であると分かってきた。傾きという初期特徴に対する気づきもこの例外ではない。傾き対比現象では、意識に上る傾きが網膜上の光の分布と整合せず、視覚標的が周囲の文脈における傾きとは反発する方向に傾いて知覚される。この現象の時間的な諸特性を明らかにすることで、最終的な傾きの意識体験を生み出す内的過程がどのような時間経過を経るのかを推定するための研究を行った。研究1では、傾き対比の錯視量が誘導刺激の持続時間の増加に伴って変化する過程を追跡した。物理的に加算すると特定の傾きをもたなくなる刺激のペアを互いに切り替えたものを誘導刺激として用い、その切り替え周波数を系統的に変化させることで、文脈変調のメカニズムにとって利用可能な誘導刺激の持続時間を厳密に操作した。結果、誘導刺激の傾きに意識的アクセスができない条件下(実験1)では、誘導刺激の持続時間が非常に短い時間幅で増大し即刻頭打ちになったが、アクセスが成立した条件下(実験2)では、誘導刺激が最大に達するまでに数倍の持続時間の変化を要した。ここで測定された持続時間の関数としての錯視量の増大は、傾き対比が意識に上るまでの内的な時間過程を反映すると考えられる。研究2では、時間的な処理促進に伴う傾き対比現象の錯視量の変化を検討した。実験1では、先行刺激を傾き対比の標的が出現する近傍に事前呈示すると錯視量が減少した。実験2では、先行刺激が空間手がかりとして無情報でも同様の効果が確認された。現時点では、先行刺激が標的の出る時刻を予報したか、あるいは過渡的に覚醒度を高めたことで標的が意識に上る時刻が早まり、その結果内的な文脈変調の過程が未完了の状態で表象が意識化されたという機序を考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
様々な時間的要因を厳密に操作し、傾き対比という古典的で頑健な錯視現象を用いて傾きの意識的見えを測定する心理物理学的実験を多数実施することで、我々が瞬間的に感じる意識内容を形成する時間的なメカニズムが明らかになってきている。本年度は特に空間的文脈変調の持続時間と時間的な処理の促進という2つの要因について詳細に検討がされ、両要因がどのように傾きの見えを変調させるかが定量的に分析された。これら実際に操作した要因は当初の予定と完全に一致するものではないが、以下に列挙する学会・学術論文での発表実績から明らかなように、根本的な研究の目的である「視覚的意識の時間的形成機序の検討」は大いに前進したと考えられる。本年度の研究成果は、逆向マスキングと傾き対比現象の関係に関する研究を国際誌Journal of Visionに投稿し、採択された(2021年8月に出版済み)。研究1に関しては、日本視覚学会2021年夏季大会・日本基礎心理学会第40回大会でポスター発表をし、それぞれベストプレゼンテーション賞・優秀発表賞を受賞している。また、2022年度に予定されているVision Sciences Society Annual Meetingにもポスター発表が採択されている。さらに、国際誌で研究1に関する論文が現在査読中である。研究2に関しては、日本視覚学会2022年冬季大会で口頭発表を行った。
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今後の研究の推進方策 |
本年度明らかになった傾き対比の錯視量の減少をもたらす時間的な処理促進のメカニズムをより精緻化するために、特定の時空間に注意を向けることが必要なのか、そうであるならばその注意は内発的なものか外発的なものか両方なのか、さらには一過性の非特異的な覚醒度の上昇によってもたらされるものなのか、といった様々な可能性を1つずつ丁寧に分離する実験を実施する。次に、ここまでで明らかになった傾き対比の錯視量を変容させる時間的諸要因(逆向マスキングなど)が、時間的な傾きの対比現象である「傾き残効」の錯視量にも同様の効果をもたらすかを検討する予定である。さらに、空間的相互作用であることが自明である傾き対比現象においてその時間的な過程を理解するためには空間的な制約も考慮する必要があるため、内的な表象の時間発展過程を反映すると考えられる傾き対比現象のタイムコースが誘導刺激と標的の空間的距離の拡大に応じて徐々に遅くなる可能性がある。この可能性を検討するため、心理物理学的逆相関法を用いて傾き対比をもたらす誘導刺激の時空間カーネルの同定を行う予定である。これらの今後行うすべての研究は、国内外の学会での発表・査読つき国際誌への論文投稿が最終的な目標となる。
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