研究課題/領域番号 |
21J20803
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
藤原 諒祐 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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キーワード | 心の哲学 / 認知科学の哲学 / コネクショニズム / 素朴心理学 / 心の理論 |
研究実績の概要 |
2021年度は、主に以下の2つの成果を得た。 ①本研究の方針にとって重要と思われる、チャーチランドのコネクショニズム的な科学理論観を批判的に検討した。チャーチランドの枠組みでは、理論とは様々なカテゴリーのプロトタイプが配置された多次元空間であり、これはニューラルネットワークの学習によって構築される(Chruchland, 2012等を参照)。空間上の各プロトタイプは理論に含まれる概念に相当し、概念の意味は各プロトタイプ間の相対的位置関係によって決まる。検討の結果、こうした見方のもとでは、ある概念を用いた説明の可否に重要となる概念の意味の側面についてうまく捉えられないとわかった。この検討についてまとめた論文は東京大学教養学部哲学・科学史部会発行の『哲学・科学史論叢』24号に掲載された。
②素朴心理学は理論であるという見方(「理論説」)にとって、素朴心理学がどのような理論なのか、という問いは重要である。この問いへのひとつの解答として、素朴心理学はモデルのあつまりとしての理論であるという考え(「モデル説」)(Maibom, 2003等)を検討した。こうした見方の利点は様々に論じられているが、心的状態と行為の合理化関係の取り扱いや、モデルの具体的制約の検討の必要性などの課題もある。しかし、理論としての素朴心理学を理解する上で、今後も検討する価値のある枠組みであると思われる。モデル説についての検討の一部は、日本科学哲学会第54回大会において発表した。また、成果の一部をまとめた研究ノートは、東京大学科学史科学哲学研究室の学生有志で発行される『科学史・科学哲学』第25号に掲載された。
その他、心の理論や素朴心理学にかかわる哲学・認知科学領域の議論の分析、科学理論や理論的説明などの概念にかかわる科学哲学上の議論の分析などを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究において、主要な分析枠組みとして援用するつもりだったチャーチランドの科学理論観に当初予想していなかった問題(理論的概念の意味についての問題)があったことが検討の結果わかった。そのため、研究の目的を果たすためにはこの問題の克服というさらなる課題にとりくむ必要がでてきた。また、当初の予定では2021年度中にとりくみ、研究発表を行う予定であったいくつかの課題については未だ成果を出せていない。特に、他者理解や素朴心理学にかかわる議論において、理論説の対抗仮説として提出されているいくつかの立場について検討するという課題へのとりくみはあまり進行していない。 一方で、チャーチランドの議論の詳細な分析によってその問題点を明らかにしたこと、そして、その成果を論文として発表できたことは、研究計画上大きな前進であった。さらに、モデル説に着目し、その検討を行ったことは、当初の予定にはなかったものの、本研究にとってプラスとなるものであった。本研究は、理論としての素朴心理学について、一般的な知識を表現する文の集合という従来型の解釈とは異なるものを与えようとするものである。そのため、こうした従来型の理論説の代替案となるモデル説は、今後の研究においてさらにその妥当性を検討する価値がある。 以上のことから、全体の進捗状況としては、「おおむね順調に進展している」という評価が妥当だと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
理論としての素朴心理学という考えをコネクショニズムと整合的に捉えるために、チャーチランドのコネクショニズム的な科学理論観を改良した枠組みを素朴心理学の分析に用いる。そのために、チャーチランドの理論観の問題点を何らかのかたちで克服する必要がある。本年度中には、ある程度の解決の方向性を示したい。 また、理論説についてさらに分析を進めたい。特に、哲学・認知科学において理論説がどのような文脈や意図のもとで導入されたのか、どのような形態の理論が想定されていたのか、また、従来指摘されてきた理論説の問題点は、全てのタイプの理論説に当てはまるのか、といった点を検討したい。この検討において、理論説の可能な一形態としてのモデル説の妥当性も明らかにしたい。 理論説に対する代替的アプローチについての分析も進める。具体的には、心的シミュレーションによって他者の心の理解がなされるという考え(アルヴィン・ゴールドマン等のシミュレーション説)や、現象学的観点から理論やシミュレーションを介さない実践的な相互行為のあり方を重視する考え(ショーン・ギャラガー等の相互行為説)、また、他者理解における語り(ナラティブ)の重要性を指摘する考え(ダニエル・ハトーの「語り実践仮説」)を分析の対象とする。これらの見方が、理論説とどう食い違うのか、また、様々なタイプの理論説と共有する部分はないのか、といった点を検討したい。さらに、これらの見方と、コネクショニズムとの関係性、また、脳外事象の認知的重要性を強調するアンディ・クラークらの見方(「拡張された心」)との関係性についても分析したい。
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備考 |
藤原諒祐(2022)「素朴心理学のモデル説の可能性と課題」、『科学史・科学哲学』25号、科学史・科学哲学刊行会、67-78頁。(査読なし、研究ノート)
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