本研究の目的は、承久の乱(1221年)後の和歌文学の展開を明らかにすることにある。最終年度に当たる本年度は、これまで進めてきた乱後の藤原為家と藤原秀能の和歌活動に関する研究を、さらに深化させることができた。 藤原為家は、歌道家として知られる御子左家の嫡流で、鎌倉時代中期を代表する歌人である。本年度は、為家による『古今集』仮名序の注釈『為家古今序抄』に注目し、為家歌論の特色を解明した。『為家古今序抄』は、和歌の政教面での効用を強調する立場から、偽りのない「まこと」を詠むことの重要性を説く。本研究では、そうした為家の和歌観が、承久の乱後の社会に強まった政教主義の思潮の中で育まれたものであることを指摘した。また、「まこと」の重視がもたらす和歌の表現面への影響を考察し、後世の二条派の保守的歌風、及び京極派の写実的歌風それぞれに繋がる側面を明らかにした。以上の成果は論文「藤原為家の歌論と「まこと」―『為家古今序抄』を起点として―」(『国語国文』93-1、2024年1月)にまとめた。 藤原秀能は、後鳥羽院の北面の武士として活躍した歌人で、承久の乱後は、世の転変や後鳥羽院の配流を嘆く、述懐性の強い歌を多く詠んだことで知られる。本年度は、それらの述懐歌が詠作された場や享受者についてまとめた論文「承久の乱後の藤原秀能―述懐の場と享受者―」(『国語と国文学』100-8、2023年8月)を発表した。 また、秀能の述懐歌の表現方法についても研究を進めた。従来、心情の真率さが評価されることが多い秀能の述懐歌だが、個々の歌を詳しく検討していくと、先行歌からの表現摂取が数多く指摘できる。本年度は、それらの表現摂取の手法について分析を行い、現在論文化を進めている。 上記の成果をはじめ、本研究では歌人の伝記・和歌表現・歌論など多様なアプローチを通じて、承久の乱後の和歌史構築の足掛かりを築くができた。
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