研究課題
昨年度までに、レーザー冷却のために構築した高速チャープレーザーパルス光源を真空中のポジトロニウム集団に照射し、速度変化をとらえるための実験を実施した。また、その際に問題となる系統誤差を徹底的に低減するための研究を進めてきた。本年度では、ポジトロニウム(Ps)におけるレーザー冷却効果を確固たるものと示すために、冷却による速度分布の変化をより緻密に捉えることを目指した。その際に課題となったのは信号量の小ささであった。従来ではある速度をもつPsの個数を測定する場合、対応する周波数をもつレーザーによってPsを励起したのち電離させ、生じた電離陽電子の対消滅時に発生するガンマ線を観測することで間接的に調べていた。しかしながらこの手法は、ガンマ線の発生位置と検出器の位置で決まる立体角によって検出効率が制限されており、その効率は約1%であった。そのため、速度分布を精緻に捉えるために速度分布測定用のレーザーの線幅を狭めた場合、信号量が減少し、加速器施設から与えられた実験期間では期待される信号量の変化が有意に観測できるほどの統計量を確保できない問題があった。そこで新たにMCPを用いて電離陽電子を直接的に観測する手法を導入した。真空チャンバー内に設置したMCPの表面を適切な負の電位にすることで、電離陽電子を収集し、MCPで生じた電流を信号として検出した。実験から、従来の方法から桁違いに高い電離陽電子の検出効率を達成したと考えられる結果を得ることができた。これによって高分解能な速度分布の変化を測定することが現実的な時間内に十分可能となった。さらに、Psの微細構造や冷却レーザーの時間構造・周波数構造を忠実に取り入れた冷却シミュレーションの開発も完了し、実験と対応付けられる数値計算が可能となった。以上によって、レーザー冷却実験におけるPsの速度分布の変化を緻密に捉える準備を整えることができた。
2: おおむね順調に進展している
本年度の成果によって、制限されている実験期間内に確固たる冷却の効果を観測するうえで最大の障壁であった信号量の確保において、桁違いの改善を達成できたため。可能な限り現実に即したシミュレーションの構築も含めて、最終年度におけるレーザー冷却の実証実験の準備が整ったと考えられ、順調であると判断した。
本年度に行ったMCPによる電離陽電子の検出について、ゲインの変動や電離陽電子信号のカウンティングなど十分な解析を行ったのち、よりよいSNRでの測定・解析について考察する。必要であればMCPのゲインをパルス的に操作することで、光の信号と電離陽電子の信号の分離を行う。その後、MCPによる電離陽電子の検出手法を導入したうえで、残された2回のビームタイムにおいてレーザー冷却実験を実施し、速度分布の明瞭な変化を観測する。
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