本研究課題の最終年度では、電子と陽電子とが束縛してできた水素様エキゾチック原子であるポジトロニウム(Ps)の分光精度を桁違いに向上させる手法を開発した。この手法を用いることで、Psがレーザー冷却により約1 Kという極低温度に至ったことを実証することができた。研究期間全体を通じて、極低温粒子反粒子系の科学の開拓に成功した。これにより、究極の精度を実現する極低温Psの分光測定による基礎物理学方程式の正当性の検証や基礎物理定数の決定、新物理の探索への道が拓けた。また、反粒子を含む量子縮退原子気体という新しい物質相の実現へ大きな一歩となった。 最終年度に取り組み、本研究において鍵となったのは、レーザー励起されたPsの高感度検出法の開発である。レーザー冷却されたPsの速度分布を測定し、温度を評価するために、ドップラー分光法を用いた。しかし、レーザーの周波数を掃引しながら量を評価する励起状態Psの検出感度が悪く、冷却を実証することができなかった。本研究では、レーザー励起されたPsを選択的に光電離し、電子と乖離した電離陽電子をマイクロチャンネルプレート(MCP)により検出する方法を開発した。電離陽電子の軌道を電磁場により制御しMCPへ入射でき、また、背景信号が原理的には存在しないため、無背景信号かつ100%近い検出効率が期待できる。本研究では原理検証から開始し、ドップラー分光法において使用する紫外レーザーが散乱してMCPへ入射し背景信号となることが分かった。MCPの増幅動作の有無を瞬時に切り替える手法を開発し、Psと紫外レーザーの相互作用が終了し電離陽電子が発生した後よりMCPを動作させることで、問題を克服した。これにより、電離陽電子が周囲の電子と対消滅し発生したガンマ線を検出する従来の方法では不可能であった、レーザー冷却されたPsの速度分布を測定することができ、冷却の実証に成功した。
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