研究課題/領域番号 |
21J22234
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
上田 有輝 東京大学, 総合文化研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2024-03-31
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キーワード | ホワイトヘッド / 抽象 / 概念 / 胚胎的抱握 |
研究実績の概要 |
ホワイトヘッドがコスモロジーの手がかりとして参照する人間経験には、「抽象作用の具体性」、すなわち具体的経験の構成には常に諸要素の選択的強調、排除、切り離しといった抽象作用が伴うという事実が含まれる。自然と精神のあわいに見出されるこうした抽象作用の概念から出発してホワイトヘッド哲学を捉え直す本研究の初年度は、抽象作用に支えられた思考のはたらき一般をホワイトヘッドがどのように自身のコスモロジー内部に位置づけているのかの解明を課題とした。この課題は(1)思考をめぐるホワイトヘッドの理論の分析、(2)彼自身の思考の方法の分析に分割された。それぞれの成果は以下の通りである。 (1)古典的心身二元論を退けるホワイトヘッドが思考の契機をいかにして再導入するかを検討し、彼の言う「概念的抱握(conceptual prehension)」とは現実的な自然の諸相をその可能的性格において捉えなおし他なる可能性と接続するはたらきであること、そこで「概念的」なものは新たな可能性を現実に結びつける「胚胎的」なものでもあることを、論文「胚胎的な心:ホワイトヘッドにおける「コンセプチュアルな抱握」とその翻訳について」にまとめ、『超域文化科学紀要』に発表した。 (2)ホワイトヘッドはアプリオリな基礎から体系を築く代わりに、科学や宗教に見られる経験の語り方をより高い一般性において捉えなおし、互いに通いあわせることを通して新たな哲学的語彙を作り出しており、その際「複数の仕方で解釈されるものとしてのリアリティ」ではなく「複数の語彙や語り方が出会う場所としてのアクチュアリティ」という観念が方法上の導きの糸となっているという見通しを得た。これについてまとめた論文は投稿先で受理されなかったため、現在再検討と再投稿準備を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の研究を通して、ホワイトヘッド哲学における思考という作用の位置づけについてはある程度明らかにすることができた。とりわけホワイトヘッドにおける「概念的」なものを新たな可能性を現実に織り込む「胚胎的」なものとして翻訳的に読み直す研究成果は独自性が高い。先行する具体性を前提とせざるを得ない「抽象作用」の概念によっては扱いにくい、思考の未来志向的性格を考察する下地を作ったことで、当初の研究テーマを来年度以降、より包括的な視点へと展開する手がかりを得られたと考えている。これはホワイトヘッドにおける「概念」の概念に取り組み始めた年度初めには期待していなかった成果であった。 他方で、アクチュアリティの概念に注目したホワイトヘッドの方法論についての検討は未だ成果を発表できておらず、今後の課題として残った。これについて現時点では、来年度の課題である「進化」概念の検討を経ることでより深めた考察が可能になるという見通しを得ているため、来年度の研究の一環として発展させた上で改めて発表を目指したい。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、自然と精神の領域のあわいをめぐるホワイトヘッドの思考を辿ることで、単なる有機体論的調和に還元できない彼の哲学の力動的かつ多元論的な性格を明らかにすることを目指している。当初その手がかりとして掲げたのは「抽象作用」の概念であったが、具体と抽象の概念対のみでは体系の静的構造の解明に囚われる危険があるため、今年度の研究で明らかになったホワイトヘッド的な思考の捉え方を、来年度は彼自身の強調する生成論的でプロセス的なコスモロジーと改めて関連付ける必要があると考えている。そこで注目したいのが「進化」の概念である。進化論の登場はその後の哲学的思考のあり方に様々な影響を与えたが、近年刊行された講義録を通して、ホワイトヘッドの進化論受容についても新たな知見が得られつつある。そこで、ホワイトヘッドが「理性」の機能と切り離し得ないものとして語った生命と進化のヴィジョンを解明すること、言いかえれば「抽象作用の具体性」の主題を「思考する生命」という観点から検討することを、来年度の研究課題としたい。現在すでに、進化観念を軸に同時代のデューイのプラグマティズムとホワイトヘッドを比較検討する論文を執筆し、ジャーナルに投稿済みである。 ホワイトヘッドは「進化」の観念を諸環境の共生成を指すものとして拡張するとともに、価値の領域の位置と機能を問い直すものとして引き受けており、そこにはある種の完成主義的道徳観をも指摘しうる。では19世紀的な進歩思想を超えて、進化と道徳の関係はどのように問い直しうるのか。この問いを、具体と抽象、生命と思考の関係の問いとして考察することに取り組む予定である。
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