本研究では,走査透過型電子顕微鏡(STEM)の電磁場観察手法である微分位相コントラスト法(DPC法)を,多結晶磁性材料へ適用するための手法の開発と応用を行った.多結晶試料では観察視野内に様々な方位を向いた結晶が多数存在し,また,構造や組成の異なる粒界や粒界相といった微細組織が存在する.このため,多結晶磁性材料のDPC像には,観察したい磁場コントラストに加え,視野内での回折強度変化に伴うコントラストが重畳し,磁気構造の観察が困難であり,特に定量的に扱うのは不可能であった. R4年度までに,わずかに電子線の入射角度を変化させて取得した多数のDPC信号を重ね合わせることで,回折によるコントラストのみを低減し磁場コントラストのみを結像する傾斜平均化DPC法(tDPC法)を開発し,複雑な構造を持つ永久磁石中の磁区構造を可視化することに成功した. R5年度においては,磁区の境界である磁壁の幅が,磁壁が位置する微小領域の磁気特性に応じて変化することに着目し,磁壁幅の計測による磁気特性評価を行った.モデル試料はM型フェライト磁石を用い,tDPC法による高分解能観察を行い,得られた像に対してフィッティングを行うことで磁壁の幅を計測する手法を確立した.さらに,観察あるいはデータ処理による幅計測において結果に影響を及ぼしうる要因を網羅的に調査し,磁気特性による磁壁幅の変化が捉えられていることを明らかにした.磁壁の幅は15ナノメートル程度であり,この程度の微小な領域の磁気特性を実験で評価した研究はほかにない. 本研究について,国内および国際学会での口頭発表を行い,論文執筆を行っている.
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