本研究課題は、下層社会や貧民という観点から明治中期の日本近代文学を再検討することを目的とし、①明治中期の貧民言説にみられる表現的傾向の把握、ならびに②下層社会を扱った文学作品の表現分析を主に行った。 ①事業期間全体を通して明治20年代における民友社関連の新聞雑誌記事を調査し、本年度は口頭発表を行った。発表では創刊時の『国民新聞』における挿絵の位置づけと役割を指摘することを通じて、体系的な研究が未だ存在しない新聞における挿絵史の空白を埋めることを試みた。あわせて本新聞に連載された貧民窟探報記の挿絵分析も試み、下層社会の表現に迫る手立てとして、新たに挿絵をも対象に含む可能性を模索できた。これにより、研究手法において検討すべき課題はあるものの、従来ほとんど看過されてきた挿絵という観点から、メディア史と貧民窟探報記の二方面の研究に新たな視野を提供できると考えている。 また調査の過程で明治期のドイツ語雑誌に関する成果も副次的に得られた。明治22年に日本で最初に刊行されたドイツ語雑誌Von West nach Ostに関する調査を行い、記事2本を全文翻字し所属機関のデータベース上で公開した。そのうち雑誌の設立趣意を述べた巻頭記事については、本雑誌の基礎情報を整理した上で本邦初の全訳に協力し共著論文として発表した。 ②本年度は松原岩五郎『最暗黒之東京』に関する成果をとりまとめると同時に、文学作品の選定をさらに進めた。具体的には広津柳浪の「小舟嵐」と田山花袋の「断流」という作品を扱うこととし、前者については2024年度中に研究発表を行う予定である。
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