研究課題/領域番号 |
22J12348
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 裕太 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2022-04-22 – 2024-03-31
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キーワード | スピン電荷変換 / エーデルシュタイン効果 / 逆エーデルシュタイン効果 / ボルツマン輸送方程式 / スピン緩和時間 / スピン拡散長 / オンサーガーの相反定理 / カイラル誘起スピン選択性 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、カイラルな結晶構造をもつ非磁性金属でのスピン輸送現象に注目し、界面でのスピン電荷変換および電流誘起磁化に伴うスピン偏極の長距離性の理論的解明を目標としている。このように固体物理の立場からカイラリティとスピン伝導の関係を探索することは、広く有機分子から超伝導体に至るまで報告されているカイラル誘起スピン選択性への理解を深める上で意義深い。本年度は、カイラル金属でのスピン緩和・スピン拡散および界面でのスピン電荷変換を、緩和時間近似を超えたボルツマン輸送方程式の立場から定式化し、次の3つの成果を得た。 (a)スピン依存化学ポテンシャルの描像に頼らない、スピン緩和時間およびスピン拡散長の自然な定義を与えた。これらの定義はスピンが擬保存量とみなせないような強いスピン軌道結合下においても妥当となる点で重要である。特に、スピン拡散長に関しては従来よりも一般化されたスピン成分・拡散方向ごとのスピン拡散長を定義した点で新しい。 (b)有限の厚みをもつ非磁性金属とカイラル金属との接合系においてエーデルシュタイン効果を扱い、電流スピン流間の変換効率およびその他の輸送係数の解析的な表式を網羅的に与えた。 (c)界面を介して生じた正・逆エーデルシュタイン効果間に成り立つオンサーガーの相反定理を明らかにした上、転送行列の手法によって両効果を交差応答の形式に整理した。 成果(b)および(c)は、これまで現象論的に扱われてきた界面でのスピン電荷変換の機構を明白にした点で意義をもつ。また、これら3つの成果を補完するものとして、スピン分裂した2バンド模型にボルツマン方程式が適用できる条件を、微視的な非平衡グリーン関数の手法から裏付ける研究も行った。これらの研究結果に関して3件の口頭発表と3件のポスター発表を行い、成果をまとめた論文はPhysical Review B誌で出版されている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度では、カイラル金属の表面・界面に相当する2次元有効模型でのスピン輸送現象の解析を中心に研究を推進した。研究の過程で明らかにした、ボツルマン方程式の衝突積分の詳細からスピン緩和時間・スピン拡散長を抽出する手法、およびスピン分裂した2バンド系にボルツマン方程式が適用可能となる条件は、3次元的な金属バルクでのスピン輸送現象の解析にも応用ができ、本研究課題の目標であるカイラル金属での非局所なスピン偏極の解明に貢献するものと考えている。このように本年度の研究は、研究計画に沿って基礎を着実に固めた重要な期間といえる。
さらに、カイラルな金属と非磁性体との接合界面でのスピン電荷変換には当初の計画よりも前倒しで着手することができた上、界面を介したエーデルシュタイン効果によるスピン流生成・注入の分野において、既存の理論的枠組みを相反定理まで含めた形式に発展させる大きな成果が得られた。接合系でのスピン電荷変換の効率向上の指針を与えるこの成果は、広く実験に活用されることが期待できる点で重要な進展であると考えている。
研究成果の発表に関しても、国内外で複数の学会発表を行った上、ポスター発表・口頭発表ともに優秀賞を受賞するなど、カイラリティの分野およびスピン輸送の分野への知識の共有・貢献においては計画以上の成功を収めたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究ではこれまで、カイラル金属の表面・界面を対象として、スピン緩和・スピン拡散・電流誘起磁化に代表されるスピン輸送現象をボツルマン方程式に基づいて解析してきた。この解析手法を、今年度は3次元的なカイラル金属のバルクに拡張する。既にボツルマン方程式の衝突積分の詳細から3次元系でのスピン緩和時間・スピン拡散長を抽出する解析には着手している。今後はスピン軌道結合が不純物散乱よりも十分強い極限におけるスピン輸送の解析のみならず、ボルツマン方程式の適用限界にあたる、不純物散乱による準位の広がりとスピン軌道結合によるバンドギャップが同程度の領域にも着目し、スピン密度行列に関する量子輸送方程式を用いたスピン拡散長の解析を行う。
このような輸送理論に基づくスピン拡散の議論を通して、先行研究では未開拓であったカイラル金属バルクでの非局所なスピン偏極が、不純物散乱機構のもとで説明可能か否かの検証を行う。また、実験から報告されているカイラリティと非局所スピン応答との関連についても対称性・微視的なスピン軌道結合の立場から探索を行う。最終的に、これらの議論から得られた成果をまとめ、論文として発表することを目指す。
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