電子のもつスピン角運動量の固体中での拡散・生成は盛んに研究されており、その対象は元の形とその鏡像が重なり合わないカイラルな立体構造をもつ物質にまで広がりをみせている。特に、一部のカイラルな金属において、局所的な電流によって長距離にわたりスピン偏極の生じる非局所応答が見つかり、その機構に関心が集まっている。そこで、このようなマクロスケールでのスピン拡散現象、およびその検出に利用された界面でのスピン電荷変換の両者を扱うことのできる理論的枠組みが望まれていた。 本研究では、緩和時間近似を超えたボルツマン方程式の立場から同現象の定式化を進めた。昨年度までに、固体電子のスピン自由度と運動量自由度との結合項(スピン軌道結合)の表式がカイラルな結晶と類似した2次元模型に対して次の(A)・(B)の成果を得た。 (A) 平衡状態への緩和・拡散の解析:ボルツマン方程式の衝突積分からスピン輸送に関わる遅い減衰モードを取り出し、強いスピン軌道結合下でも有効なスピン緩和時間・スピン拡散長の定義を与えることに成功した。 (B) 界面での電流とスピンの間の相互変換(エーデルシュタイン効果)の解析:非磁性金属との接合界面におけるスピン輸送を境界条件のもと解析的に記述し、界面でのエーデルシュタイン効果に対するオンサーガーの相反定理を初めて明らかにした。 本年度は前年度に引き続き、カイラルな金属内部および界面におけるスピン輸送現象の理論研究を行った。特に研究成果の発表に力を入れ、国際会議における招待講演を行った。また当初の計画以上に進展した内容として、電子スピンの界面輸送の類推である、フォノン角運動量の界面輸送の研究にも着手できた。 本研究の成果は、その手法により非一様・非定常な系のスピン緩和時間・拡散長が簡潔に記述できる利点がある上、スピン電荷変換の効率を上げる設計指針・実験解析に応用できる点で意義深い。
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